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解明困難な考古学の発見 ~過去から残る数々の遺物たち~

解明困難な考古学の発見 ~過去から残る数々の遺物たち~文化
解明困難な考古学の発見 ~過去から残る数々の遺物たち~

 

私たち、人類の歴史というのは、紆余曲折あったものの、常に未来に向かって進歩してきました。

科学や技術は 年月が過ぎれば過ぎるほど進化していき、様々なものを創造し、それによって過去の遺物の謎が解明されたりもしました。

そして現在では、過去に偉大な考古学者や探検家の人たちが解明した多くの謎について、スマートフォン1つで簡単に調べることができる便利な時代になりました。

しかし、この現在になってもまだ解明できない遺物などは世界にたくさん存在します。

今回のLALALAミステリーは、過去から現代に至るまで いまだに謎が解明できていない考古学的発見をご紹介します。

 

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ボリビアのティワナク遺跡群とプマ・プンク遺跡

南米のボリビアに、現在でも全体の約30%しか発掘されていないといわれている遺跡群が存在しています。

その遺跡群とは 約200年も前のプレ・インカ期頃の遺跡であるとされている「ティワナク遺跡群」です。

この遺跡群はなんと 標高3800メートルの高原砂漠にあり、その近辺には世界最大規模の巨石が今も複数残されています。

この巨石、最大の大きさで長さ 8メートル程あり、重さはなんと100トンを超えているといわれています。

 

古くからティワナク遺跡群は不思議に思われていた

コンキスタドールのスペイン人 ペドロ・デ・シエサ・デ・レオンは、16世紀には既に廃墟と化していたティワナク遺跡群に訪れた際のことを執筆した 年代記の中に「装飾や彫刻が非常に素晴らしいだけではなく、ここまで大きい石をどうやって運んだのか想像すらできない」と書いています。

このことから、非常に古い時代からこの遺跡群の存在は、不思議なものとして見られていたことがわかります。

 

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考古学者が驚いた加工技術

1863年に、アメリカ人の考古学者であるエフライム・スクワイヤーは、ティワナク遺跡群を見て回った際に「あそこまで数学的な正確さと、見事な技術で切断されている石をティワナク遺跡群以外で 見たことがない」と語りました。

エフライムは「数学的」と表現しましたが、まさにその通りで非常に精密な加工などがされているのです。

石材の角の部分はほぼ完璧に90度の直角で切られており、石をまるで機械で加工したかのような精密さが見られ、直線にきれいに引かれた溝の中には等間隔で並ぶ小さな穴も確認されるなど、この時代からして考えられないような非常に精密な加工がされていたのです。

 

プマ・プンク遺跡

ティワナク遺跡群に10トン以上もの重さがある 1枚の安山岩でできた門があり、通称「太陽の門」と呼ばれています。

この門の先に「プマ・プンク遺跡」というものがあります。

ティワナクの近くにある遺跡となると、同年代のものと推測してしまうかもしれませんが、プマ・プンク遺跡はティワナクとは作られた年代はもちろん、根本の構造なども全くの別物だったのです。

また、インカの伝承によると「ティワナクは私たちの祖先が作り上げ、プマ・プンクは私たちが作ったのではなく、空から来た物がたった一夜で作った」と記されています。

 

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プマ・プンク遺跡は1万5千年前に作られた

では、いつプマ・プンクは作られたのでしょうか?

ティワナク遺跡群を50年以上も研究した 探検家のアーサー・ポスナンスキーは、研究の結果、なんと1万5千年前という年代を割り出しました。

この年代は人類史でいえば、後期石器時代とされている時代に該当するのですが、にわかには信じがたい話です。

しかし、多くの科学者が3年にも及ぶ検証の結果、アーサーの研究成果は正しいという結論になりました。

つまり、プマ・プンク遺跡はギザのピラミッドやストーンヘンジなどの遺跡よりもはるかに古い遺跡である可能性が出てきたのです。

現在でも研究がされていることとして、非常に正確に作られているH型ブロックの作られた目的や用途の解明、約80キロの道のりをプマ・プンク遺跡へどうやって運搬したのかについて、議論がなされています。

いつか これらすべての謎が解明される日がくるのでしょうか?

 

ドイツの天文盤 ネブラ・ディスク

2002年に ドイツのザクセン=アンハルト州のミッテルベルク先史時代保護区で円盤が発見されました。

円盤は剣などと一緒に発見され、ともに青銅で作られており、円盤に関しては太陽と月、そして星と思われる点が書かれているというデザインがされていました。

その後、年代測定がされた結果、なんとこれらは3600年前のものであることがわかりました。

この発見された円盤は「ネブラ・ディスク」という名前が付けられ、どのように使用するものなのか研究が始まりました。

 

研究者を驚愕させたネブラ・ディスクの正体

研究の結果、発表されたネブラ・ディスクの使い方としては、夏至と冬至を知るために使っていたとされ、稲作をする際の種まきや収穫時期を把握するためのものだったという結果になりました。

また、描かれている太陽と月の周囲にある小さな点を星に当てはめることで、3600年前の天体と一致することも判明しました。

 

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ネブラ・ディスクを作った人々は災害で消えた

私たちからすればここまでの研究結果を見ると、単にすごい話だとしか思えないのですが、当時の研究者たちはこの研究成果に そろって頭を悩ませたといわれています。

なぜなら、ネブラ・ディスクが作られたとされる3600年前というのは、ヨーロッパにおいての天文学の知識が発達するよりもさらに1000年も前だったのです。

3600年も前から天文学を理解し、私たちの常識を覆した彼らは、その地にまつわる伝承によると、地球規模の災害に巻き込まれてしまい消えてしまったとのことです。

そしてネブラ・ディスクは現在、アンティキティラの機械と並んで本物のオーパーツとして、博物館に展示されています。

 

クレタ島のクノッソス遺跡とファイストスの円盤

クレタ島といえば、ミノタウロスやクノッソス迷宮の話が有名で、アニメやゲームなどでもよく題材として扱われています。

特にクノッソス宮殿は 作った人物というのが、イカロスに蝋の翼を授けたダイダロスといわれており、まさに伝説の地とされています。

1878年にクレタ島でオリーブ園の農家であるカロケリノス氏は、井戸を掘った際に土器の欠片や埋もれていた石壁を発見しました。

そこで本格的な調査と発掘が行われ、1900年にイギリスの考古学者である アーサー・エヴァンスが、牛の装飾が施された複雑な建築構造をしている遺跡を発見しました。

 

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当時最先端の文明だったクレタ文明

クレタ文明と呼ばれるこの遺跡は、紀元前3600年~3300年頃から栄え、紀元前1400年頃に突如消えてしまったヨーロッパ最古の文明の一つであるとされ、後のミケーネ文明の規模を遥かに超える規模を持っていたとされています。

また、遺跡から発見された多くの出土品から紀元前20世紀頃には非常に精巧な青銅器を多く作っていたこと、建築物にも書庫や浴室、水洗式のトイレという時代を先取りした当時最先端の文明であることも判明しました。

 

解読不可能の印刷物 ファイストスの円盤

そして、この遺跡から現在も解明されていない謎が多い円盤が発見され、それがイタリアの考古学者であるルイジ・ペルニエルが 1908年に発見したとされる「ファイストスの円盤」です。

特徴としては、螺旋状に象形文字が両面に記されており、印判も用いられていることから「最古の印刷物」ともいわれています。

また、もう一つの円盤の特徴として、記されている45種類もの文字は ほとんどがこの円盤にしか使われていない特殊な文字で、現在でも解読ができていません。

不思議なことに、印刷物のような作りをされているのにも関わらず、同じ文字を用いた遺物というのは一切発見されず、これから似たようなものが発掘されない限り、永遠に文字の解読をすることはできないとされています。

最先端の文明が残したこの円盤には 一体何が記されているのか、解読できる日が来るのかは謎です。

 

いかがでしたか?
常識とされてきた歴史も、調査と研究が進むことで大きく変化する可能性があります。時には失われていたはずだった文明や技術が発見され、定説というものを簡単に壊してしまうことすらあります。しかし、そうすることで初めて明かされる歴史というのも それはそれで悪くもないですし、心の何処かで私たちはこのような歴史の変化というのを楽しんでいるのかもしれません。
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