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高度な文明と異星人との接点 ~文字を持たないインカとアンデス~

高度な文明と異星人との接点 ~文字を持たないインカとアンデス~UFO 異星人
高度な文明と異星人との接点 ~文字を持たないインカとアンデス~

 

1200年、南米アンデス山脈、クスコの谷にケチュア族がクスコ王国を築きました。

1438年、9代皇帝であるパチャクテクが王国を再編し、小さな王国は、ペルー、ボリビアのチチカカ湖周辺とエクアドルを中心にしたインカ帝国へ発展しました。

現在、クスコと天空都市マチュピチュは世界遺産に登録されています。

インカ帝国には、文字がありませんでした。

1533年にスペインに侵略され、滅亡するまで存在したインカは、比較的新しい文明と言えますが、15世紀にして、文字を持たなかったと聞くと、直感的に高度な文明だったのだろうかと疑問を感じてしまいます。

今回は、ほかの文明とは一線を博し、独自の発展を遂げたインカ文明と、そのルーツであるアンデス文明についてご紹介します。

 

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文字と鉄器を持たない文明

インカ帝国には、文字の代わりにキープという記録術がありました。

キープは縄の結び目で0〜9を表し組み合わせ、暗号化する記録術で、十進法を使用し、言語情報も含んでいたといわれています。

キープカマヨックという専門家は地位が高く、キープを輸送するチャスキという飛脚がいて、彼らはインカが整備した道路網に等間隔に配置され、キープを受け渡し合いながら別の都市へ届けていました。

この道は当時最大で6万kmにおよび、インカの人々がとても合理的であったことがわかります。

インカには、鉄を溶かす高温技術がなかったため、鉄器製造に至りませんでしたが、黄金の装飾品など金銀銅の加工技術は高度でした。

また不思議なことに彼らは車輪の存在を知っていたものの、車輪を使用することはなかったといいます。

それは、車輪を発明する手前で滅亡したということなのかもしれません。

 

優れた石造建築

クスコには700~1300年ほど前に建築された素晴らしい石垣が現存します。

これらは、驚くほど精密に隙間無く組み合わされており、耐震性にも優れています。

インカの人々は、鉄器を使わず、石で切り出し、石で削り、石で叩きながら組み合わせ、接着剤も使わず、剃刀の刃どころか水も通らないほど精密な石垣を作り上げました。

マチュピチュの石壁も美しく、耐震性に優れていますが、それ以上に地下の土木工学が素晴らしいといいます。

2つの山の頂の間を削り、石や土を取り除き、平坦な土地を作り、その上にマチュピチュを建造し、土台を地下深くまで掘り下げ、水はきの良い構造になっています。

 

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高度な精神世界

インカ帝国が誕生する前、アンデス山脈周辺にあった文化をまとめてアンデス文明、あるいは、一部で古代インカ文明とも呼びますが、このアンデス文明には、ビラコチャと呼ばれる創造神が登場する天地創造の話と、ビラコチャが二人の子を選び、残りの人類をすべて洗い流したという大洪水伝説が存在します。

まるで旧約聖書のノアの箱舟のようですが、アンデス・インカ文明は、ほかの文明との交流は一切無く、古代オリエントはもとより、北米のアステカ文明やマヤ文明との接点もありませんでした。

では、どうして同じような神話が世界の各地で生まれるのでしょうか。

疑問が残ります。

1438年インカを建国した際、皇帝は創造神ビラコチャの話を独自に解釈し、皇帝は太陽の子であるとし、太陽信仰を布教しました。

インカでは、土着の宗教としてシャーマニズムが浸透し、現在でもシャーマンが活躍しています。

クスコのシャーマンの仕事には、病気・怪我の治療、占い、祈禱、共同体の守護、農業の指導、宗教祭儀、雨乞いなど、たくさんの役割があります。

 

宗教都市マチュピチュ

インカの太陽信仰では、創造神ビラコチャが太陽と月を作りましたが、インカ帝国に引き継がれたアンデスの哲学では、すべてに二元論があります。

太陽と月があるように男と女がいるというものです。また世界は大地、天空、水の3つの段階があり、これらを調整することが大事であり、その指導をシャーマンが行っていました。

山を切り開き、水はけを良くし、地震にも負けないマチュピチュを建造したことはまさに宗教的で崇高なことだったのです。

マチュピチュには太陽の神殿があり、神殿の南の窓は、夏至を、東の窓は冬至を正確に把握しています。

マチュピチュの傍のワイナピチュ山には月の神殿があり、神殿の洞窟には精巧な石細工とくぼみが並び、ミイラが収められたと考えられています。

ワイナピチュ山からマチュピチュを眺めるとコンドルの形に見え、ワイナピチュ山の頂上にある矢印の形をした石が指す真南には、太陽を繋ぎとめる石と、インカの宇宙論において重要とされているサルカンタイ山が存在しています。

アンデスの哲学では、人が死ぬと肉体は大地に還り、精神は天上界へ行きエネルギーとなり、再び肉体と合体し輪廻するのを待ちます。

マチュピチュは、クスコから続く巡礼の旅の終着点であったと考えられます。

 

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アンデスと宇宙と神

古代インカ文明とも呼ばれるアンデス文明の最古は、紀元前1000年にはじまったチャンカ文化です。

次にパステカ文化、ナスカ文化が始まり、このほかにティワナク文化、モチエ文化、ワリ文化などがあります。

インカ帝国の精巧な石造建築はティワナク文化の石工職人によるものだといいます。

個々の文化は、文明と呼ばれるほど繁栄していませんでしたが、現存する遺跡や遺物を見ると、その高度な天文学の知識と石造技術に目を見張るものがあります。

 

ナスカの地上絵とチャンキロ遺跡

ナスカの地上絵は、今から2000年前に砂漠に描かれたとされる、幾何学図形や動植物の絵の総称であり、空から見ないと全体像の把握が難しいため、大きな謎といわれています。

夏至と冬至の際、日没の方向に一致していたり、1年の太陽と月の運行に関するものと一致する線があったり、近くには、ピラミッド群があり、謎が増すばかりです。

ナスカの地上絵の北には、パルパの地上絵と呼ばれる地上絵があり、こちらはナスカの地上絵よりもさらに1000年も前のパラカス文化の時に描かれたといいます。

チャンキロ遺跡とは、紀元前400年頃に建築された南米最古の太陽観測所といわれ、年間を通じて日の出と日の入りの位置と13の塔が密接に一致しているといいます。

 

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プマプンク遺跡

1549年、スペイン人研究者たちがボリビアのティワナク遺跡郡でプマプンク遺跡を発見しました。

プマプンクには、レーザーで切り出し加工したような美しい直線で装飾された巨石がいくつも並んでいます。

巨石は理石よりも固い安山岩で、1つ100トンにもおよぶといいます。

とても人間が扱えるものではありませんが、恐るべきはこの遺跡、研究者によっては1万5000年前に作られたといいます。

スペイン人の記録によると、先住民が「ここを作ったのは我々じゃない。

我々が来る遥か昔、巨人がラッパの音で岩を運んで作り上げた。」と語ったといいます。

信じがたい話でありますが、このプマプンクにはアンデス・インカ文明に通ずるものが現存しています。

それは高度な天文学があったことを示しています。

プマプンクには、一枚岩でできている太陽の門が存在します。

この門には、1年が365日であることを計算した痕があるというのです。

この門の中心には、創造神ビラコチャが彫刻されています。

唐突な話ではありますが、ノアの箱舟に通ずる大洪水を起こしたというビラコチャは、南米から1万3000km離れたイラク・シュメル文明の最古の神々であり、宇宙人であるといわれるアマンヌキと何か関係があるのではないかとさえ思えてきます。

 

いかがでしたか?
インカ文明は、滅亡まで他文明と接点がなく、キープ、石器という独自の技術を発展させ、高度な精神世界に通じていましたが、そのルーツを遡ると古代神話は世界各地で類似するという不思議が見えてきました。この謎が解明される時、わたしたちが知る古代文明は、大きく覆されるのかもしれませんね。

 

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