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ファルコン湖UFO遭遇事件 ~最も詳細な記録が残るUFO事件~

ファルコン湖UFO遭遇事件 ~最も詳細な記録が残るUFO事件~UFO 異星人
ファルコン湖UFO遭遇事件 ~最も詳細な記録が残るUFO事件~

 

皆さんは、カナダの造幣局がUFO目撃事件を記念した銀貨を発行したことをご存知でしょうか。

それは、同国で最もよく知られているUFO目撃事件を記念して2018年に発表された20ドル銀貨で、4000枚限定で販売されたものです。

銀貨には、湖の上空に浮かんだUFOと、それを見て怯えている男性の後ろ姿が描かれています。

この絵の部分は特殊な塗料で着色され、ブラックライトを当てると男性がUFOからの光線を浴びている様子が浮かび上がる仕様になっています。

今回は、このように記念硬貨まで発行された「ファルコン湖事件」についてお伝えします。

 

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ファルコン湖で目撃された飛行物体

この事件のあったファルコン湖は、アメリカのミネソタ州およびノースダコタ州と接する国境の北、マニトバ州南東部にあります。

ファルコン湖の付近には、大小さまざまな湖が点在し、その周辺はホワイトシェル州立公園として、ウォータースポーツやボートなどのレクリエーションが盛んに行われています。

このファルコン湖において、1967年5月、ある男性がUFOに遭遇し、怪我をした記録が残っています。

その男性は、ポーランド出身のステファン・ミシャラク(マイカラック)で、彼は鉱物収集が趣味のアマチュア地質学者でした。

ステファンは5月19日にファルコン湖近くのモーテルにチェックインし、翌20日の朝早くから鉱床探しに出かけました。

午前11時頃、彼は昼食をとるために腰を下ろし、しばらくして数羽のガチョウが騒ぐのを聞いて空を見上げると、葉巻のような形をした物体が2つ、空に浮かんでいるのを目撃しました。

この2つの物体は、同時に下降してきて、片方は地上3〜4メートルのあたりで停止しました。

しばらくするとその機体は明るい赤色からオレンジ、グレーなどに色を変えながら、西の方角の空へと飛び去りました。

もう1機の方は下降を続けて、ステファンから50メートルほど離れた場所に着地しました。

こちらも、色を明るい赤からオレンジ、グレー変化させて、最終的に金色の光を帯びた、熱したステンレスのような瑠璃色になったということです。

それから30分間ほど、彼は少し離れた岩の近くでUFOの様子を観察し、スケッチを残しました。

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スケッチに描かれていたUFO

ステファンの残したスケッチには、深めの皿を2枚合わせたような形状のUFOのイラストと、その大きさや外観などについても詳しく記されていました。

それによると、この物体の直径は約10〜20メートル、高さは約2.4メートル、上部のドーム状の部分は約90cmの高さだということです。

彼はまた、船内から硫黄のような臭いの温かい空気が出ていて、空気を吸い込むような、高速の電動モーターのような音がしたとも記しています。

ステファンはその物体の側面のハッチが開いていることに気づき、そこに強烈な紫色の光が見えたため、持っていたゴーグルをかけると、内部の中心辺りで紫色の光線が柱のようになっていることが分かりました。

 

UFOとの接触

ステファンがその物体から20メートルほどの距離まで近づくと、中から人の話すような声が聞こえてきましたが、それはかなり聞き取りづらく、彼は母国ポーランド語の他、ドイツ語、ロシア語など、知りうる限りの言語で語りかけました。

この時点で彼は、この物体がアメリカによる 何らかのテストのためのものだと思っていたので、皮肉まじりに「オーケー、ヤンキーども。トラブルか?出てきて何か手伝えるか見せてみろよ。」と言ったようです。

すると、声が止みましたが返事はありませんでした。

そして突然3つのパネルがスライドし、カメラのシャッターのようにハッチを塞ぎました。

ハッチが閉じられたその物体に、彼はゴム手袋をした手で触れてみましたが、その際に手袋の先端は溶かされ、この溶けた手袋の写真は後に彼が執筆した本の表紙にも掲載されています。

ステファンはその後、急速に回転を始めた高温の爆風を浴び、後ろへ飛ばされて地面に倒れました。

急いで火のついたシャツを引き裂いて火を消しましたが、彼の腹部には格子のような、碁石を並べたような形の火傷の跡がくっきりと残り、物体の側面から噴出されたガスを吸い込んだ彼は気分が悪くなりました。

その物体が飛び去った後、彼は頭痛と吐き気に苦しみながら高速道路まで歩き、通りがかった巡査に助けを求めますが、拒否されてしまいました。

さらに州立公園本部でも助けを得られず、バスに乗って何とかウィニペグの自宅へと戻りました。

その時のステファンの様子を、息子のスタンが後に「寝室は硫黄と焼きついたモーターのようなひどい臭いが漂っていた。

臭いの元は父の火傷だった。」と語っています。

その後、ステファンは病院で治療を受けますが、数週間にわたり下痢や頭痛、湿疹などに悩まされ、体重が著しく減少しました。

その後、事件現場からステファンのシャツや工具などが回収され、研究所で分析されましたが、彼の火傷の原因を特定するには至りませんでした。

しかし、UFOが着陸した地点には、直径約15フィート(約4.6メートル)の円があり、周辺に見られるような苔や草が生えていない、また、その部分の土壌が高い放射性を帯びているなどのことが分かりました。

さらに事件から1年後、現場の岩のひび割れから、溶けてそこに流れ込んだような、放射能を帯びた金属片が見つかり、それは息子のスタンによって大切に保管されているということです。

 

いかがでしたか?
カナダ政府としては未解決としたこの事件ですが、現実的で堅実なステファンを知る人々は、彼がこんな作り話をする人間ではないと言います。息子のスタンは、「父は人に話したことを後悔していたが、決して撤回しなかった。あの話をでっち上げたというなら、彼は天才だ。」と言っています。彼は本当にUFOに遭遇したのでしょうか。

 

参考 : newsweek, gizmodo, ufojikenbo, など

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