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ソドムとゴモラ伝説は史実だった? 隕石により滅ぼされた文明都市

ソドムとゴモラ伝説は史実だった? 隕石により滅ぼされた文明都市歴史
ソドムとゴモラ伝説は史実だった? 隕石により滅ぼされた文明都市

 

ソドムとゴモラとは、旧約聖書の創世記に登場する隣り合った都市の名前です。

神に対して多くの罪を犯したとされており、キリスト教圏では退廃的な都市の代名詞となっています。

特にソドムは、男色を表すソドミーという語の語源ともなっており、背徳と同性愛の象徴とされています。

これらの都市は神によって滅ぼされたとされていますが、これらは実在した都市であり、実際に起こった出来事をモデルにした伝説なのではないかとも言われています。

 

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ソドムとゴモラ伝説とは

隣り合った二つの町、ソドムとゴモラは大いに栄えていましたが、いつしか政治が乱れ、堕落し悪徳に染まってしまいました。

このことに怒った神が、二つの町を消し去ってしまいます。

神は硫黄と火の雨を降らせて町を滅ぼしたとされています。

ただし、町を滅ぼす前に天使二体が遣わされ、善良な心を持つロトという住人とその家族に、急いで町を去れ、決して後ろを振り返るなと命じます。

一家は大急ぎで逃げ出しますが、ロトの妻はつい振り返ってしまい、そのまま塩の柱になったといいます。

その後、神の怒りに触れたこの土地は、草木一本生えない塩の大地となってしまいました。

これがソドムとゴモラについての伝説です。

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ソドムとゴモラは実在の都市だった?

ソドムとゴモラは実在したのでしょうか?

実在したとすればどこにあったのでしょうか?

一般には、ソドムとゴモラの廃墟は死海南部の湖底に沈んだと伝えられており、創世記の描写と死海南部の状況が似通っていることなどからも、そう信じられています。

伝説ではロトの妻が塩の柱になったということですが、この「塩の柱」という記述からも、ソドムとゴモラのあった場所が死海の周辺であったとする説は非常に有力です。

一方で、沈んだのではなく、その付近に残されている遺跡と結びつけている研究者も多くいます。

死海周辺では旧約聖書の時代の町の遺跡がいくつも発見されており、死海西岸の岩塩の山には「ロトの妻」と名付けられた塩の柱も立っています。

最も有力なのが、ヨルダン渓谷にあるトルエルハマム遺跡です。

旧約聖書には「ソドムはヨルダン川の東に位置し、ヨルダン西部最大の町」という記述があります。

トルエルハマム遺跡は紀元前1540年頃に栄えた町であり、付近にある史跡よりも5~10倍も規模が大きいことから、おそらくこの地域最大の都市であったと予想されています。

そのほかにも「貿易で栄えていた」「周囲を城壁で強化していた」など、旧約聖書のソドムの記述と一致する特徴があります。

では、ソドムとゴモラが実在したとすれば、「硫黄と火の雨」という災害は何だったのでしょうか。

これにもさまざまな説があります。

まず考えられるのは火山の噴火ですが、死海の周辺には火山はありません。

しかし石油や天然ガスの豊富な地域があるため、これらに引火して大規模な火災が発生したという可能性は考えられます。

考古学者たちによると、巨大地震であるとする説や、小惑星の衝突ではないか…など諸説あるようですが、これを

トルエルハマム遺跡と照らし合わせてみると、新たな説が浮かび上がってくるのです。

 

トルエルハマム遺跡の悲劇と、伝説との一致

トルエルハマム遺跡からは、数年前、木炭・灰・溶けた泥レンガ・陶器などが混ざりあった層が発見されました。

1.5メートルほどのこの層は「破壊層」と呼ばれており、この町がひどい災害に襲われたことは明らかですが、具体的に何が起きたのかはわかっていませんでした。

普通の火事や、火山や地震などの自然災害では、金属や泥レンガまでが溶けることはありえません。

また、戦争などでも同様です。

そこで、とある研究グループが、宇宙の衝突現象を解析するツールを使い、トルエルハマム遺跡に残されている痕跡がどんな災害によるものなのか、解析しシミュレーションしたのです。

この研究グループとは、アメリカ・トリニティ・サウスウェスト大学やアリゾナ大学など、21名の各分野の研究者によるものでした。

解析により、トルエルハマム遺跡に起こった災害とは次のようなものだと推測されました。

3600年前、この町の上空に、氷に覆われた隕石が飛来し、地上から4キロの高さで爆発。

この爆発は、広島に落とされた原爆の1000倍の威力であり、周囲の気温は一瞬で2000度にまで上昇したと考えられます。

これは木々が燃え上がり、金属や陶器もとける温度です。

町全体が炎に包まれ、時速1200キロの衝撃波が発生し、建物も人々も一瞬にして消え去ったと考えられます。

さらに、この遺跡の周囲一帯の地域は、このあと数世紀に渡って放置され、人が住み着くことはなかったという痕跡がことがわかっていますが、その原因についても分析されています。

死海の塩分を含んだ水が蒸発し、周囲が塩で汚染され、農作物が育たなくなってしまったというのが、その原因です。

雨が塩害を洗い流し、人が住める状態になるまで600年以上かかったとされています。

火と硫黄の雨により町が消し去られたということだけでなく、草木の育たない塩の大地となり人が住めなくなってしまったということまでが、旧約聖書の記述とぴったり一致するのです。

このシミュレーションにより、ソドムとゴモラはトルエルハマムのことだった、あるいはトルエルハマムをモデルとした町だとする説の信憑性が一気に高まりました。

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なぜ旧約聖書に残されたのか

トルエルハマム遺跡を襲ったこの悲劇は、遠く離れた地域からも目撃されたのではないかと考えられています。

爆発によって起こった爆風は、1分後、22キロ西へ離れた「エリコ」の町にも到達したと考えられます。

それは城壁が崩れ落ちるほどの衝撃波であり、町が火に飲みこまれたとされています。

それほど広範囲に被害のおよんだ大災害ですから、さらに離れた地域に住む、被害をまぬがれた人々がその恐怖を語り継いでいてもまったくおかしくありません。

それがソドムとゴモラの伝説として旧約聖書に残されたのかもしれません。

隕石による大災害の記憶として最も古いものは、1万2800年前に起きた、シリアのテルアブフレイラ遺跡での災厄ですが、これは文書としては残されていません。

旧約聖書のソドムとゴモラに関する記述が本当であれば、文書として残されたものとしては世界最古の隕石にまつわる記録ということになります。

 

核兵器によって滅ぼされた?

もうひとつ注目されているのがが、ソドムとゴモラは核兵器によって滅ぼされたのではないかとする説です。

「古代核戦争説」をご存知でしょうか。

地球には四大文明以前に、それらをはるかに凌ぐレベルの超古代文明が栄えていたが、核戦争により跡形もなく滅亡したのだという説です。

この説の根拠として、モヘンジョ・ダロ、インドのマハー・バーラタ、ラーマー・ヤーナ等、地球上の数ヶ所で、太古の時代に核兵器を使用したような痕跡が出てきているということが挙げられます。

また、「創世記」をはじめとする多くの神話には、核戦争のことであると解釈可能な記述があることも、この説の根拠とされています。

これらのことから、ソドムとゴモラも核兵器によって滅んだのではないかという説は昔からありました。

この場合、ロトの妻が「塩の柱になった」という記述は、実際には塩ではなく「灰になった」のではないかと考えられます。

核兵器で人型のまま灰になった人間の姿を見て、当時の人が「塩の柱になった」という表現をしたとしても不思議はありません。

そして、やはりこの場合も、その土地が人の住めない環境になってしまうという記述と一致すると考えられます。

 

いかがでしたか?
聖書に記されていることや、各地で語り継がれている伝説には、実際の出来事をモデルにした話が多いと言われています。そこから何かしらの教訓を得たり、恐ろしい出来事を忘れないように語り継ぐことが目的であるはずです。ソドムとゴモラ伝説から私たちが得るべきものは、「人として正しい生活をしなさい」という教えだけではなく、このような災害に備えよという警告も含まれているのかもしれません。

参考 : 「Scientific Reports」、「Daily Mail」、ほか

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