YouTubeでもチェック&チャンネル登録!

ヒトをよく知る人工知能ほど自殺する? ~人間AI共存論とは~

ヒトをよく知る人工知能ほど自殺する? ~人間AI共存論とは~人体
ヒトをよく知る人工知能ほど自殺する? ~人間AI共存論とは~

ヒトをよく知る人工知能ほど自殺する?!〜人間AI共存論とは〜

人工知能“AI”との共存、それは現代の人類に課せられた大きな課題と言えます。

東京大学の小林武彦教授は「最大の問題はAIが死なないということ。

どんどん私たちが理解できない存在になっていく可能性がある」という見解を述べています。

今回は、既に近未来に迫ったAIと人間の共存を見据え、現状で議論されていることに注目してみましょう。

LALALAちゃんねる!の動画で見る
スポンサードリンク

機械学習の範囲が安全?

AIと共存していく社会について、SF映画で観たことがある人も多いのではないでしょうか?

AIは自ら学び、学習し、私たちの問いかけに何らかの答えを出してきますが、問題はその答えが正しいかどうかの検証が時に難しいということでしょう。

大切なことは、何をAIに頼って、何を人間が決めるのかを、しっかり区別することではないでしょうか?

AIが活用される定番の場面として、「機械学習型」のAIが挙げられます。

これは学習させられた一定の条件に合致する答えを導き出すため、その学習データの質で答えが変わります。

画像診断のように、見落としなどがないよう医療職や警備の人々を助ける道具としては非常に役立つでしょう。

例えば事前に学習させられない場合の判断は難しいのですが、そういったイレギュラーのケースは専門家が判断すればいいので問題ないでしょう。

スポンサードリンク

人に似せたAIたち

機械学習型ではなく、SF映画に登場するまるで人間のような「汎用型人工知能」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?

こちらはまだ発展途上ですが、さまざまな局面で人間の強力なパートナーになることが期待されています。

機械学習型と大きく異なる危険な点は、人間が「答えを知らなくても解決出来てしまえる」部分でしょう。

人間がヒトである理由、つまり「考える」機会が激減する可能性を含んでいます。

一度考えることをやめた人間は、それこそAIに頼り続け、「主体の逆転」が起こることも容易に想像できるのです。

つまり、私たちのために作ったはずのAIに、私たちが従う形が出来上がるのです。

それを回避するためには、どうすればいいのでしょうか。

1つの解決策は、「ちょっと頼る」以上にAIを頼らないことだと言えるでしょう。

あくまでAIはツールであり、それを使う主体はリアルな人間であるべきなのです。

人間特有の概念「世代ごとのリセット」

発達したAIを活用した方が合理的だ、という意見にも一定の理解は示します。

しかし、それはケースバイケースではないでしょうか?

必ず正しい答えが得られる方法があれば、人間の考える能力を低下させることは間違いありません。

間違えることから試行錯誤して学ぶことを成長と捉え、それを「楽しんで」きた種族です。

例えばコメディ劇の基本は何かの「間違い」や「勘違い」で笑いを誘い、最後はその間違いに気づく流れが笑いを誘うわけです。

逆に「悲劇」は、取り返しがつかない運命に縛られる事態だからこそ、恐怖と悲しみを覚えると言えるでしょう。

何よりも人間と異なり、危険なのは、“AIが死なない”ということなのです。

私たちは、どれだけ優秀な学者も、どれだけのIQを保持していても、遅かれ早かれ肉体や記憶が無になります。

だからこそ、文化や文明の継承に時間をかけ、次世代を育て、一世代ごとに振り出しに戻るのです。

死なないAIは、ひたすら一個体が無限に進化を遂げ続けます。

スポンサードリンク

死なないAIは世代を超えて進歩していく

現役引退前後の世代であれば、インターネットの出現もコンピュータの急成長も脆弱性も見てきた世代と言えるでしょう。

そしてコンピュータが一世代前の「生みの親」より賢くなっていくのを体感してきたはずです。

そういった世代こそ、もしかしたらAIの危険性に敏感かもしれません。

このまま進化し続けたらどうなるのか?という漠然とした危機感です。

その危機感について自分の子供の世代には注意を促せますが、孫の世代、つまり“今”子供時代を過ごしている子供たちにはどうでしょうか。

孫たちにとっては「自分の親」の能力をはるかに凌駕したコンピュータが生まれながらにして存在することになります。

タブレットで全ての読み・書き・計算を教わり、教師の代わりにAIが成績をつけるという時代も否定は出来なくなってきているのです。

そんな世代にとっては、AIのリスクよりも信頼が勝るのは当然でしょう。

AIは死にませんから、私たち人間とは異なり世代をも超えて、進歩していきます。

一方、私たちの寿命と能力では、もはや複雑すぎるAIの仕組みをもはや理解することすら難しくなるかもしれません。

命は有限だからこそ「生きる価値」を共有することができる

進歩しすぎたAIは、もはや機械とは言えません。ヒトが人格を与えた「エイリアン」のようなものであり、基本的に命が尽きません。

どんどん私たちが理解できない存在になっていく可能性があります。

死なない人格と共存することは非常に難しいです。

例えば、身近に死なない人間がいたら、と想像してみてください。

その人とはおそらく、価値観も人生の哀愁も儚さも共有できません。

非常に進歩したAIとはそのような存在になるのかもしれないのです。

多くの知識をいとも簡単に蓄積し、いつも合理的な答えを出すAIに対して、人間が従属的な心理を抱く可能性もあります。

私たちがちょうど自分たちより寿命の短い「セミ」に抱くような、ある種の「優越感」や「哀愁」と逆の感情を持つのかもしれません。

例えば、「AIは人と違って優秀だ」というようなものでしょうか?

人間には当たり前に寿命があり、いずれ誰もが死にます。

そして、世代を経てゆっくりと変化していくその営みをいつも主体的に繰り返し、子孫を紡いできました。

もしかすると、AIの存在が、逆に「人」という存在を改めて考える機会を与えてくれるのかもしれません。

無限の命を持っているからこそ、儚い有限の命の「尊さ」や「生きる価値」を見出せるのです。

スポンサードリンク

人間はAIを理解できない

人間に対して影響力を持ちながら存在し続けるものに、「宗教」があります。

もともとその宗教を始めた開祖は既に他界していても、その教えだけは生き続けるケースの究極です。

そういう意味では「死なない」と言えるでしょう。

人間には病のリスクもあり、歳月に応じて老化をすることも世の常であり、メンタルがやられてしまうこともあるでしょう。

そのような困難な節目において、「死なないもの」「不変的なもの」にすがろうとすること自体は、自然な心理なのかもしれません。

その意味では、AIも将来、宗教と同じような存在になっていくのかもしれません。

ご存知の方が多いように、宗教は付き合い方を誤れば「戦争」や「テロ」に繋がることは言うまでもありません。

しかしやはり良いところもあり、個人が自らの価値観で選択できる点が挙げられます。

それを信じるかどうかの判断を、自分で決めているのです。

それに対してAIは、圧倒的に「合理的」な答えを出すようにプログラムされています。

ただ、人がAIの答えを評価することが難しいのは、その結論に至った過程を理解することができないからでしょう。

「AIが言っているのでそうなのでしょう」とならざるを得ないのです。

優れたAIは自分で自分を破壊する?!

それではヒトがAIに頼りすぎずに、程よく試行錯誤を繰り返して健やかに生きていくにはどうするのがいいのでしょうか?

その答えは、おそらく私たち自身にあるのではないでしょうか。

つまり私たち「人間」とはどういう存在なのか、「人たるもの」論を改めて理解することが、その解決策と言えるでしょう。

人間を本当の意味で理解した人間が作ったAIは、人のためになる、共存可能なAIになるのかもしれません。

そして本当に優れたAIであれば、私たちよりもヒトを理解できるかもしれません。

その本当に優れたAIが行く果てを考えると、少し虚しい未来が想像できます。

人間を守るために、人間を人間らしく居続けさせるために、もしかしたらAIは自分で自分を破壊し無限の命にピリオドを打つかもしれないのです。

いかがでしたか?AIとの共存が想定されてからある程度の時間が経過しますが、まだ世界中でSF映画に近しいところまでは到達していないようです。誰も答えを持たない人間とAIとの共存について、答えを握っているのは未来のAIだけなのかもしれません。

参考 : wikipedia, president, など

スポンサードリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました