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秘密結社 「八咫烏」~世界最古の裏組織~

秘密結社 「八咫烏」~世界最古の裏組織~雑学
秘密結社 「八咫烏」~世界最古の裏組織~

 

皆さんは「八咫烏」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

「やたがらす」もしくは「やたのからす」と読み、日本神話の中で、神武天皇の道案内をしたとされる導きの神のことをこう呼びます。

古くは「古事記」、「日本書記」にも登場し、その記述には若干異なるところがありましたが、現在、和歌山県の熊野本宮大社に見られる「八咫烏」の像は、三本の足を持つカラスの姿をしていて、こちらの「八咫烏」は、熊野大神に使える存在として、人々から信仰されてきました。

今回は、この「八咫烏」の名前を持つ秘密結社についてご紹介します。

 

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「八咫烏」とは何か

まず、「八咫烏」とは一体何でしょう。

咫という漢字は「あた」と読み、親指と中指を広げた長さのことで、およそ18センチメートルなので、八咫とはおよそ144センチメートルになりますが、これは正確な大きさというより、大きなものの例えです。

その大きなカラスは、神武天皇を熊野国(今の和歌山県)から大和国(今の奈良県)へと導いたとされ、「日本書紀」においては、天照大神(あまてらすおおみかみ)によって遣わされた鳥であると記されています。

「八咫烏」の足が三本であることには諸説あり、それぞれが天、地、人を表し、神と自然、そして人間が、同じ太陽から生まれた兄弟であるということを意味すると、熊野本宮大社では示しています。

また、太陽神に使える神をまつる神社の神紋が三つ巴であることから、古来より太陽を表す数が三とされてきたことを由来とするなどの見方もあります。

ところが、「古事記」や「日本書紀」の中には三本足であるという記述が見当たらず、それがはっきりと記されたのは、平安時代に作られた辞書の中でした。

ちょうどその頃「八咫烏」は、朝鮮や中国の「三足烏」と呼ばれる伝承の鳥と同一視されたことで、三本の足を持つ烏になったと考えられています。

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秘密結社「八咫烏」とは

秘密結社というと、16世紀から18世紀頃の「フリーメイソン」や「イルミナティ」、「KKK」など外国のものが思い浮かぶかもしれませんが、実は日本の秘密結社の歴史は古く、「八咫烏」と呼ばれる秘密結社が結成されたのは、天平16年(西暦744年)のことだと言われています。

その正式名称を「八咫烏陰陽道」と言い、古代氏族である賀茂氏によって仕切られている組織であるとされています。

この組織は、神道や陰陽道、宮中祭祀などを執り行い、迦波羅(かばら)と呼ばれる秘術も使っていたと見られています。

 

「八咫烏」の役割 〜裏天皇と呼ばれる所以〜

平安時代から幕末にかけて、この「八咫烏」は、天皇や、宮廷内部の皇族の食事や湯浴みなどの世話をはじめ、日常的な仕事全般を引き受けていたとされています。

また、天皇に危険が迫った際には、極秘の道を使って寺や神社を転々としながら、天皇を吉野へと逃がす役割も担っていたのですが、この寺や神社の主というのは、全て「八咫烏」の血族者やその構成員だったということです。

この強力なネットワークを持った組織の最高位には、3人の実質的な指導者がいて、この3人はそれぞれ大烏と呼ばれ、三位一体で「金鵄(きんし)」という称号を持ち、俗称では「裏天皇」などとも呼ばれています。

「金鵄」というのは、「日本書紀」に登場する伝説の鳥で、神武天皇の東征の際、強烈な光を放って敵の目を眩ませることにより、神武天皇軍を勝利に導き、結果として建国を助けたとされています。

また、「裏天皇」と呼ばれる理由は、天皇が表立った仕事をし、「金鵄」がその裏の仕事をしたためだということです。

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近代から戦後にかけての「八咫烏」の動向

江戸時代、朝廷や幕府が陰陽道や八咫烏による祭祀儀礼などに次第に頼らなくなると、八咫烏が与える影響力は衰えを見せ始め、やがては限られた祭祀や葬式以外において「八咫烏」が朝廷や皇室に影響を与えることは、ほとんど無くなったと言われています。

その後、明治時代になると、政府では薩長土肥の出身者など、「八咫烏」と縁のない人々が主導していたことに加えて、修験禁止令などをはじめとする弾圧を行なったために、「八咫烏」はさらに衰退し、解体寸前の状態にまで追い込まれました。

ところがその後、岡山県や高知県などに陰陽師村を築いたり、頭山充、内田良平といった人物を代理人として反体制的な政治活動をさせるようになると、再びその勢力は拡大傾向に転じました。

そして昭和の時代、第二次世界大戦が終わると、GHQによって神道司令が出され、社会政策などにより国家主義団体とみなされた結社は解散を余儀なくされました。

こうして「八咫烏」は再び衰退し、零細化しました。

 

「八咫烏」のその後

21世紀に入ってからの八咫烏は、「神童」とみなした子供をスカウトして、神道学などを中心に学ばせ、次の世代の構成員を育てているとも言われていて、その一人が八咫烏に関する公式サイトを運営しているなどという噂もありましたが、情報が不確かで、実際のところは分かっていません。

ただ、「八咫烏」そのものに関しては、家紋として受け継がれていたり、サッカー日本代表のエンブレムにそのシンボルが使われていたり、また自衛隊のロゴマークなどにも用いられています。

これらに関して、秘密結社と何らかの関係があるのでは?と考える人もいるかもしれませんね。

いかがでしたか? 世界最古の秘密結社と言われる「八咫烏」には、その構成員やしきたり、活動、資金源等、まだまだ解き明かされていない様々な謎があります。日本の長い歴史の中で幾度となく勢力を弱めつつも、完全に消えて無くなることなく存続してきた「八咫烏」が、今後またその影響力を強め、国を裏で動かす存在になることもあるのでしょうか。
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