ブログ記事をYouTubeでらららが配信しています!

バイオスフィア2 ~人口生態系実験 火星移住計画の礎~

バイオスフィア2 ~人口生態系実験 火星移住計画の礎~科学
バイオスフィア2 ~人口生態系実験 火星移住計画の礎~

 

新型ウイルス(COVID-19)が世界中で猛威を振るい、世界の主要都市でロックダウンを余儀なくされる現在から時を遡ること約30年。

密閉された人口空間の中に、地球上の生物生態系を完璧に再現し、その空間に自らの身を置いて外界から完全に自己隔離を行った者達がいました。

その空間は、砂漠の中に建設され「バイオスフィア2(第2の生物圏の意)」と命名されました。

砂漠にそびえ立つガラス張りのその空間の中では、募集により集まった8名の被験者兼実験者が生活を営みながら実験を実施し、当初の計画では2年ごとに交代を行いながら、100年間実験的生活は継続される予定でした。

しかしながら、食糧難や酸素不足等の想定外のアクシデントに襲われ、残念ながらたったの数年間で実験は中止という苦渋の決断を行うことになりました。

 

LALALAちゃんねる!の動画で見る
スポンサードリンク

 

そもそもバイオスフィア2とはなんなのか

バイオスフィア2建設の目的は、大きく分けて2つありました。1つ目の目的は、地球人類の宇宙空間移住を見越し、閉鎖され、限定された生態系の中で、人類が生存可能か検証を行うことでした。

そして「バイオスフィア1」(地球上の生物圏)における環境問題について研究することが、もう一つの目的とされていました。

アメリカ合衆国アリゾナ州オラクルの砂漠の中に建設されたその空間の内部には、海やサバンナ、熱帯雨林、そして湿地帯などが世界の各地から集められた動物や植物で再現されました。

また、太陽光で空間内の空気が暖められ空気膨張が発生することによる気圧変動への対策として、巨大な気圧調整システムも設置されていました。

空間の面積は約12,700平方メートル、最高部の高さは約28メートルあり、同種の施設としては過去に例の見ない巨大なものでした。壮大な計画の下建設された同空間でしたが、課題も多くありました。

当時の技術では、空間内の温度上昇を空間外からの電力供給に頼る他なく、完全な独立した空間とはなっていませんでした。

仮に宇宙空間で同様の施設を建設し、移住を行おうとすれば太陽光発電等による電力供給システムの完成や宇宙空間で降り注ぐ放射線を防ぐ設備の開発が必要でした。

また、この空間内では農耕や牧畜を行い、食料や水分、そして酸素までも自給自足することも目標とされていましたが、その目標ともう一つの目標である環境実験とのバランスを取ることも困難極めました。

空間内では、非常に狭い生態系で廃棄物の循環が行われるため、その濃度は通常考えられないレベルに達する恐れがありました。

そして、それが食料として被験者の体内に摂取される可能性があったため、実験用試薬等の安全性についてもかなりの配慮が求められたのです。 

スポンサードリンク

 

巨大な研究空間はどうやって建設されたのか

この壮大な実験の発端は、1960年代後半にジョン・P・アレンというハーバード大学の卒業生が劇団「シアター・オブ・オール・ポシビリティーズ」を結成したことです。

彼は、行動力とカリスマ性があふれ出るような人物で、その劇団を通して世界に変革をもたらすことを夢見ていました。

変革の方法が分からなかった彼は「動きながら学べ!」という行動哲学に基づき、止まらずに行動を続けました。1969年に自給自足の生活を営むため「シナジア牧場」をニューメキシコ州の砂漠に開設しました。

続いて、船を建造し、数年間かけて世界中を巡り、地球の生態系について学んで回りました。そうしているうちに、彼の頭の中に一つの疑問が生まれました。

「人類が宇宙空間に移住するためには、地球環境を再現しなければならないが、それを再現した閉鎖的かつ狭い空間の中で、人類が生存することは可能なのだろうか?」

その疑問が、投資家からの150億円の支援を呼び、バイオスフィア2計画が開始されました。そして様々な準備を行った後、記念すべき1991年9月26日に第1回の居住実験が開始されたのです。

スポンサードリンク

 

居住実験を襲う数々のアクシデント

居住実験は、開始直後から様々なアクシデントに見舞われました。最初に訪れたのは、食糧不足でした。空間内では外界と異なり、作物の成長速度が遅く、農業作業を行っても期待する収穫を得られませんでした。

このことの原因は、大気の自立コントロールが機能しなかったことと、日照不足とされています。そして、酸素の減少が想定外に進み、代わりに二酸化炭素が蓄積するという問題も生じました。

地球上では21%ある大気中の酸素濃度が、空間内では14.2%まで低下しました。その結果、高山病様の症状が被験者達を襲い、彼らは身体を自由に動かすことができなくなっていきました。

睡眠時無呼吸症候群を発症する者もおり、後にその時の苦しさを「呼吸をしても酸素がないようだった」と周囲に語っていました。

そのような状況であったため、被験者達の士気は悪化し、被験者間の人間関係に対立が目立つようになりました。さらに、バイオスフィア2がガラス張りであったことが、最悪の状況に追い討ちをかけました。

大勢の野次馬に毎日見世物にされ、著名な霊長類学者であるジェーン・グドールにはまるで研究用のサルを見るような目で観察され、被験者達の精神は追い込まれていきました。

また、各メディアにおいても「エセ科学」「流行のエコ・エンターテインメント」と侮辱される報道が繰り返されていました。

スポンサードリンク

 

実験の成果

結局この実験は第1回が2年間継続された後、第2回が6ヶ月間だけ実施され、そこで打ち切りとなりました。しかしながら、この実験は単純な失敗だったと嘲笑されるものではありません。

なぜならば、150億円もの大金をつぎ込みながら、たったの8人をわずか2年間生活させることが困難を極めたこの結果が、地球の生態系再現がいかに難しいことかを人類に教えてくれたからです。

そして、今この瞬間も、私たちはその生態系を破壊し続けています。

実験中にバイオスフィア2内で起こったことは、未来の地球でも実際に起こりうることであり、この実験の結果は人類の生態系破壊へ警鐘を鳴らしているととらえるべきです。

8人の被験者のうちの一人であるマーク・ネルソン氏は「実験に参加した全員が、生きたまま帰還しただけでも実験の大きな成果です。」と語っています。

バイオスフィア2での2年にわたる生活は、間違いなく人類の偉大なる冒険だったということで

スポンサードリンク

 

引き継がれるバイオスフィア2の精神

こうして幕を閉じたバイオスフィア2計画でしたが、その精神は国際的非営利団体である宇宙協会によってアメリカ合衆国ユタ州に建設された「火星砂漠研究基地(MDRS)」へと引き継がれました。

火星砂漠研究基地では、専門家や学生達で組織されたチームが約2週間ごとに交代しながら活動を継続しています。

チームは火星での暮らしを想定し、食料や電気が制限された状態で生活し、屋外活動時は模擬宇宙服を必ず着用しています。

しかしながら、当然火星の状況を完全に再現することは不可能であり、例えば地表の酸化鉄含有量の相違等、今後解決が必要な問題点もまだまだあります。

 

いかがでしたか?
実験が打ち切られた後のバイオスフィア2は、その運営をコロンビア大学に委託され、教育施設として2003年まで利用されました。その後、2005年に施設周辺の土地とともに売却され、現在ではアリゾナ大学が有料見学施設として管理しています。いつの日か、人類が火星移住計画の策定を余儀なくされたとき、バイオスフィア2での実験が移住技術開発の礎となり、彼らの苦労が報われることを願っています。
スポンサードリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました