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マヤ人は太平洋を横断していた!? ピラミッドに隠されたミステリー

マヤ人は太平洋を横断していた!? ピラミッドに隠されたミステリー雑学
マヤ人は太平洋を横断していた!? ピラミッドに隠されたミステリー

 

東南アジア南部に位置するインドネシアのジャワ島をご存知でしょうか?多くの寺院や世界的に知られる石造の建築遺跡が観光客にも人気があり、世界遺産にも登録されています。

また、これらの寺院のみならず 文化的に隔絶されたヒンドゥー寺院遺跡もあり、そこには大きなミステリーが隠されているのです。

不思議なことに、なぜかこの遺跡は同じ地球上でも遠く離れた「中南米」でかつて繁栄し現代にも名を残すマヤ文明のピラミッドと酷似しています。

むしろマヤ文明そのものという趣を持つ部分もあるため、ここで1つの謎が浮かび上がるのです。「実はマヤ人の末裔が、長い航海の末にジャワ島にたどり着き、これらの遺跡を建造したのではないか?」

今回は現地情報を踏まえ、この謎を追ってみましょう。

 

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マヤ人ジャワ島渡来説、現地検証

検証は90年代前半の1年半ほど、東ジャワのマディユンという町で行われました。

そこは、ジャワ島屈指の3,000m超の霊峰グヌン・ラウゥ、通称ラウ山から東へ約35kmに位置し、ホロブドゥール寺院群や プランバナン寺院群などへの移動が 比較的気軽に可能なエリアです。

問題のピラミッドがある寺院は、標高1,000m弱のラウ山の西の中腹斜面に位置し、チャンディ・スクゥと呼ばれています。インドネシア語で “チャンディ” とは、文脈にもよりますが、一般的に“お寺“のことです。

チャンディ・スクゥへはバスを乗り継ぎ、山道を進むルートで到着します。この不思議な寺院は、もともと斜面である敷地を3つの階段のように切り込んであります

。注目のピラミッドは最上段にあり、寺院のメインの建物です。ピラミッドのような建物を正面から眺めると、文明から隔離された山奥で急に数百年分タイムスリップしたような気分になるようです。

 

マヤ文明に酷似のピラミッド

そこで広がる光景は、他のジャワ島の寺院とは大きく異なり、明らかに異文化を醸し出していると言っても過言ではありません。逆に、この建造物が かつてのマヤ文明の遺跡にあれば、一切の違和感は無いでしょう。

それほどに、チャンディ・スクゥは マヤ文明のピラミッドに瓜二つなのです。碑文を解釈してみると、この寺院は1,400年代に造られたようで、これはジャワ島にあるチャンディの中では最も現代に近い時代のものです。

建造時の歴史的背景としては 13世紀後半〜3世紀にわたる マジャパイト王朝時代で、インドネシア最後のヒンドゥー教国であったと言われています。

ジャワにあるチャンディの入口は、ほとんどが東を向いていますが、この寺院は西の方角を向いています。逆になっているのは、太陽が沈む方角こそ崇めるべきとする浄土思想ならではの考え方かもしれません。

通常、ジャワ・ヒンドゥー教の浮き彫り絵に描かれるそれらは“象徴的な形”にカモフラージュされています。しかし、ここでも違いがありました。

門の下に記された男性器と女性器は極めて写実的に、かつ接触しようとしているところが描写されているのです。

もともと参拝者は、この門を通る際にその絵の描かれた浮き彫り絵を踏まなければならなかったはずで、その行為にどのような意図があるのか考えさせられます。

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あらゆる浮き彫り絵がマヤ文明に酷似

門の下に限らず、境内の至る場所にも石像や浮き彫り絵が配置されています。牛や象のような動物もあれば、伝統的な芝居のワンシーンを題材にしたと言われる浮き彫り絵もあります。

これらもすべてがマヤ文明と酷似しており、文化的影響を受けていないとはとても思えないのです。人物は、全員がデフォルメされており機嫌の悪そうな顔つきで、中には翼を広げた人間のような石像もあります。

これはヒンドゥー教の神鳥「ガルーダ」であろうと思われます。一見すると宇宙人にも見えるため、一昔前の宇宙考古学者ならば「太古に宇宙人が来ていた証拠だ」と主張することでしょう。

“マヤ文明”のピラミッドでは階段をのぼり、頂上へ到着すると最上部が神殿になっていますが、チャンディ・スクゥでは平らなスペースがあるだけです。

そこで何かの宗教儀式が行われていたのかもしれませんが、火葬場だったとも言われています。

 

ジャワ島における歴史的考察

さて、このような建造物が作られた目的とは一体何で、ピラミッドや浮き彫り絵が、同エリアの他のヒンドゥー寺院で見られるものとは異なり、マヤ文明の方に酷似している理由とはなんなのでしょうか?

その時は、頂上で瞑想すると しばし時間をおいてから、体内の中央を刺激されるような感覚があるといいます。

エジプトのピラミッドをかたどった模型の上に座ると “性欲を刺激される” という話に近い状態なのかもしれません。チャンディ・スクゥはジャワ島で歴史的に行われてきた 精霊崇拝の地に位置しているといいます。

そのような経緯も加味すると、セクシュアルな要素が強い密教系信仰をもつ集団が建造したのであれば、ピラミッドの頂上でも同義の儀式が行われていた可能性も否定できません。

チャンディ・スクゥはヒンドゥー教の寺院として建てられたものではありますが、ジャワ独特の文化やインドの流派の影響が入り込んでいるようにも思えます。

15世紀頃、ジャワ島ではイスラム教勢力が力を増していました。

ヒンドゥー教文化をなんとか守ろうとした王家の人々は、ジャワ島の東部・中部の山中に逃避し、彼らによってチャンディ・スクゥが建てられたとも考えられます。

そのエリアには、目鼻立ちがはっきりした裕福そうな顔の住民を見かけることができるといいます。もしかしたら 当時の王家の子孫たちかもしれません。

 

マヤ文明とジャワ島の類似比較

ここまで検証してきた チャンディ・スクゥとマヤ文明の遺跡の共通点をまとめてみましょう。まず第一に、ピラミッドの形状が酷似しています。そして 浮き彫り絵の方式や描写内容も驚くほどに酷似しています。

マヤ文明の歴史は長く、時代の変化とともにピラミッドを含む建築物も 大きく変化していきました。

チャンディ・スクゥがマヤ文明とピラミッドにおいて多くの共通点があるとはいえ、よく見てみると、マヤ文明の古典期 前期に当たる時代のピラミッドよりも、後古典前期や後古典後期のピラミッドに似ているようです。

参考までに、暦についても類似する事実があります。ジャワ島で用いられる「ウクゥ暦」という暦ですが、これもマヤ文明で用いられた暦と共通する部分があります。

マヤのほうの暦では、2つの周期を組み合わせることで1年が260日となります。これに対して、ウクゥ暦では7日×30週、つまり1年が210日周期となり、両者の1年という単位は比較的近いものとなっているのです。

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マヤ人ジャワ島来訪のシナリオとは

ジャワ島の建築物と最も類似度が高い時代のマヤ文明は、13世紀頃に衰退しています。

ジャワ島でチャンディ・スクゥが造られたのが 15世紀前半頃であることを考えると、マヤ文明古典期前期が衰退してから チャンディ・スクゥ建造までの13~15世紀前半の時期に、マヤ文明の衰退と共に太平洋を渡ってやってきた一部のマヤ人たちが ジャワ島中部にたどり着いたとは考えられないでしょうか?

そして、ヒンドゥー教を信仰するマジャパイト王朝に取り込まれるとともに、ピラミッド建造に貢献していったというシナリオが現実的と考えられるのです。

マヤ文明の浮き彫り絵には、チャンディ・スクゥに見られるような 性的な要素がありません。

しがって、ジャワ島に流れ着いたマヤ人たちが 誰にも指示を出されずに自分たちだけの判断でチャンディ・スクゥを建てたとは考え難いのです。

 

いかがでしたか?
マヤ人のジャワ島渡来説は、いくつかの事実と推察をもとにした仮説に過ぎません。しかし、チャンディ・スクゥとマヤ文明のピラミッドが酷似している訳を考えると、確かに好都合で自然なシナリオだと思えるのです。研究や考察が進めば、きっといつか有力な説が この謎を鮮明に描いてくれることでしょう。
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