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世界の不可解なミステリー ~失踪した人々10選~

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世界の不可解なミステリー ~失踪した人々10選~

この地球上のどこかで、今この瞬間にも行方不明になる人がいることは事実です。

何らかの犯罪や事故に巻き込まれ、本人の意思とは無関係に行方が分からなくなってしまう人がほとんどですが、中には自ら消息を絶ってしまうケースも少なくありません。

こうしたものは、合理的な説明がつかない不可解な失踪事件として謎を残し、巷間の人々の想像力を掻き立てるには十分すぎるくらい刺激的であることも確かです。

今回は、世界で起こった未解決の失踪事件とその謎について紹介します。

 

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アガサ・クリスティ失踪事件

エルキュール・ポワロなどの名探偵を生み出したイギリスの有名な推理小説家アガサ・クリスティは、1926年12月3日、車に乗って自宅を出たまま行方不明になりました。

警察は事件に巻き込まれた可能性も考慮して捜査を行い、延べ数千人にも及ぶ大規模な捜索が行われたそうです。
夫アーチボルドとの間に複雑な問題もあったため、マスコミが大きく事件を取り上げたこともあり、ドロシー・L・セイヤーズやアーサー・コナン・ドイルにまでコメントが求められる有様でした。

そして失踪から11日後、保養地のホテルに宿泊していたところを家族の確認の上で保護され、事件は解決しました。

ただ、失踪した理由については諸説あり、事件直前に母親を亡くしていた上、夫に愛人がいたことから心神耗弱状態であったなどと言われていますが、真相は謎のままです。

 

天才物理学者の失踪と発見

イタリアの天才物理学者エットーレ・マヨラナは、1938年3月25日、パレルモからナポリへ向かう汽船上で目撃されたのを最後に行方不明となりました。

懸命な捜査にもかかわらずマヨラナは発見されませんでした。

その後、自殺や修道院への隠遁、南米への亡命など、様々な説が提唱されましたが、消息不明のままとなったのです。

しかし最近になって、マヨラナが1955年から1959年までベネズエラのバレンシアにいたことが分かったそうです。

1955年にベネズエラで撮影されたイタリア人移民の写真を分析したローマ検察庁によれば、そのイタリア人移民とマヨラナの顔の額、鼻、頬骨、あご、耳などの解剖学的細部において、類似点が認められたそうです。

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数秒の間に「消失」したマーサ・ライト

1975年、ジャクソン・ライトと妻のマーサ・ライトは、車でニューヨーク市内のリンカーントンネルを通過していました。

当時の車には曇り止め機能が無かったため、夫妻は窓ガラスの結露をふき取るためにトンネル内で車を停めました。

ジャクソンは前をマーサは後ろのガラスを拭き取る作業に取り掛かり、夫が目を離したわずか数秒後に振り返った時、妻マーサは忽然と姿を消していたのです。

トンネル内には他に車も人影もなく、怪しい物音もしなかったそうです。

警察による捜査でも手掛かりは一切発見されず、当初はジャクソンによる自作自演の疑いもありましたが、彼の潔白も証明されたそうです。現在でも、マーサの消息は不明のままです。

 

フレデリック・バレンティッチUFO遭遇事件

1978年10月21日、新米パイロットのフレデリック・バレンティッチは、オーストラリアのバス海峡沿いを単発の軽飛行機「セスナ182L型機」で訓練飛行していた時、自機の頭上に謎の飛行物体がいると報告しているのですが、メルボルン管制塔は付近を飛行中の機体はないと応答していました。

更新記録によれば、バレンティッチはさらに「4個の灯りがついた機体に付きまとわれている」と報告し、管制官から機体の種類について問われたバレンティッチは「飛行機ではない」という言葉を最後に通信が途絶えて、消息を絶ってしまったのです。

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ヘール・ボッグズ失踪の謎

1972年10月16日、アメリカの2人の大物政治家、アメリカ下院・院内総務のヘール・ボッグズと共和党のニック・ベギーチがアラスカ旅行で、アンカレッジからジュノーへの飛行中、同乗していた補佐官とパイロットと共に忽然と姿を消してしまいました。

捜索には、軍用機をはじめ沿岸警備隊のヘリコプター、空軍のスパイ機、民間機まで動員しましたが、手掛かりとなるものは一切発見できていません。

 

タイのシルク王の失踪

タイのシルク王として知られるジム・トンプソンは、第二次世界大戦中、CIAの前身であるOSSの諜報員として活躍していました。

引退後にタイに移住した彼は、タイの絹産業の復興に尽力し、タイの国民はもちろん、タイ政府からも尊敬される存在となりました。

しかし1967年3月29日、休暇で訪れたマレーシア・クアラルンプール北方の高級避暑地で散歩に出掛けたまま行方不明になってしまったのです。

諜報員時代にサバイバル技術を身に付けていたことを考えると、散歩で遭難する可能性は低く、彼の失踪は謎のままです。

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奇怪な「サラ・ジョー」の失踪

1979年2月、マウイのとある村から男性5人を乗せて出港した小さなボート「サラ・ジョー号」は、激しい嵐に遭遇し、ハワイ沖で行方不明になりました。

そして、その事故から9年後、「サラ・ジョー」号の残骸が3600キロも離れたマーシャル諸島の無人の環礁で発見され、残骸の横には簡易な墓もあったそうです。

墓からは人間の顎の骨が発見され、歯の治療記録から乗組員の1人スコット・モーマンの骨であることが判明しました。

しかし、他の4人の行方は今でも分かっていないのです。
さらに奇怪なことに、その島は数年前に捜索が済んでいて、当時は何も手掛かりが発見されなかったのです。

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キンロス事件

1953年11月23日の晩、ミシガン州スーセントマリーの航空防衛軍団地上迎撃レーダーがスペリオル湖上空に未確認機を捉え、キンロス空軍基地から直ちに、フェリックス・モンクラ中尉とレーダー操作員のロバート・ウィルソン少尉が乗る「F-89Cスコーピオン」が緊急発進しました。

管制官は、レーダースクリーンで未確認機とスコーピオンを追跡していましたが、やがて未確認機とスコーピオンの点が融合したことから、二つの機体が衝突した可能性があると報告したそうです。

アメリカ空軍とカナダ空軍の両者の捜索活動は素早く開始されましたが、飛行機やパイロットを発見することはできませんでした。

 

D・B・クーパーによるハイジャック事件

1971年11月24日、オレゴン州ポートランドからワシントン州シアトルへ向かっていたボーイング727を身元不明の男がハイジャックする事件が発生しました。

ハイジャック犯は「ダン・クーパー」という偽名で航空券を購入していましたが、メディアの誤報で「D・B・クーパー」が一般的になっているそうです。

彼は、身代金20万ドル(現在の約1億円相当)を強奪し、シアトルからメキシコに向かわせた飛行機からパラシュートで脱出し、消息不明となっています。

クーパーの遺体は発見されていませんが、1980年2月にコロンビア川の沿岸で身代金の紙幣の一部が発見され、現在もFBIが捜査しているそうです。

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消えた伝説の女性飛行士アメリア・イアハート

女性として初めて大西洋単独横断飛行を成功させたアメリカの飛行士アメリア・イアハートは、1937年7月、双発機ロッキード・エレクトラ10Eで赤道上の世界一周飛行に挑戦中、ナビゲーターのフレッド・ヌーナンと共に太平洋の中央付近の上空で消息を絶ってしまいました。

アメリカ海軍と沿岸警備隊、さらに隣接した地域を委任統治している日本の大日本帝国海軍の協力によって海上と上空双方から大捜索を行いましたが、発見には至りませんでした。

その後、現在に至るまで私的な捜索活動が続けられていますが、決め手となるような手掛かりは発見されていません。

 

いかがでしたか?
今回、世界的に有名な失踪事件について紹介しましたが、ここで紹介した事件以外にも実に多くの失踪事件があり、日本国内でも未解決の失踪事件は数多く存在しています。
残された人々は、失踪者の帰りを待ち望み、一日も早い解決を願っていることは確かです。
参考 : therichest, など
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