2020年、NASAの科学者が土星の衛星の大気中から、非常に珍しい分子を発見したとの発表がありました。
事実が明らかになってから、早くも多くの科学者たちを驚かせています。
今回はこの非常に珍しい発見と今後の展望を掘り下げていきましょう。
新発見の分子とは?
今回発見された“シクロプロペニリデン”は、炭素と水素で構成されたシンプルな化合物です。
その構造上、容易に他の物質と化学反応して新たな化合物を作り出してしまうため、通常の大気中などに単体で存在することは、ほぼ不可能と考えられています。
この分子を知る人は非常に少なく、実際にNASAのホームページ上では「高校の化学の教科書でも大学でも学ぶことは滅多になく、専門家であっても初耳の人がほとんど」と表現されています。
️土星の月 タイタンの存在
今回シクロプロペニリデン発見のきっかけとなったのは、実は土星の衛星である“タイタン”でした。
太陽系の中でもかなり特殊なこの衛星は、水星よりも大きく、太陽系で唯一大気を持つ衛星です。
そしてメタン、エタンなどが液化した川や海を持っていて、その下には氷の層も存在しているため、場合によっては生命を宿す可能性も考えられています。
今回発見に至った研究チームの一員であるNASAの科学者は、タイタンの大気上層の分析を行っている最中、この非常に稀な物質の存在に気づき、彼自身も思わず「これは想定外だ…」とつぶやいてしまったそうです。
️本来大気の中には存在し得ない“シクロプロペニリデン”
シクロプロペニリデンはその類まれな反応の速さから、これまでに発見されたのは星間領域にある分子雲の中くらいでした。
星間領域にある分子は非常に温度が低いため化学反応を起こしにくく、さらに星間ガスが拡散して存在していることも相まって、なおさら反応は起きにくくなります。
本来はそのような環境でなければ単体で存在できない分子なのです。
しかし、今回の発見はタイタンの大気中でした。タイタンは地球よりも大気が濃密な世界で、その地表の大気圧は地球の1.5倍、大気密度は4倍です。
さらに雲、雨、湖、川、さらに塩分を含んだ海も存在します。
そのような化学反応を起こすための条件を揃えたかような場所で、シクロプロペニリデンが単体で発見されるというのは、まさに想定外だったのです。
タイタンは“生命誕生直前の地球”にうりふたつ?!
タイタンは、土星の持つ全62の衛星の中で最も大きく、太陽系に存在する200以上の衛星の中で最も地球に似た場所であると言われています。
その秘密は、タイタンの大気組成にあります。タイタンの大気は地球と同じようにほとんどが窒素であり、そこに少しばかりのメタンが含まれています。
生命が誕生する直前の地球は、酸素の代わりにメタンが大気を満たしていたと言われています。
このように、現在のタイタンの環境は地球にそっくりと言えるのです。
科学者たちはタイタンを、“原始の地球を再現する実験場”と捉えており、地球上の生命誕生に関与した重要な化学反応を再現できるのではないか、との期待を寄せています。
シクロプロペニリデンは炭素が元になった環状分子です。
生命の構造に関与しているという証拠は現在のところありませんが、炭素系の環状分子自体はDNAの核酸やRNAなど、生命を組成する要素として重要な役割を担っています。
これまでの定番の環状炭化水素分子といえば、“ベンゼン”で これはどこの惑星の大気でも発見されており、大気中で発見できる最小単位の環状炭化水素分子だと考えられていました。
しかしシクロプロペニリデンは、何とベンゼンの約50%の炭素原子で構成されているため、ベンゼンのポジションをとって代わる存在と言えるかもしれません。
一般的に小さくシンプルな分子ほど、反応速度が速いと予想されています。
また、そういった分子が関わる反応は、より多様な化合物を生み出す可能性が高くなると期待されています。
このように、今回のシクロプロペニリデンの大気中での発見は、生命誕生に深く関与している可能性が高く、しかもそれが原始の地球にうりふたつのタイタンで発見された点が、尚更注目を集めていると言えるでしょう。
土星から遠ざかるタイタン?!
今や生命誕生の解明に欠かせない存在であるタイタンですが、徐々に土星から離れているといいます。
これは地球で言う「月」にも見られる性質で、重力の差によって衛星は少しずつ主星から離れていく現象です。
従って衛星の軌道が拡がること自体は珍しいことではなく、私たちの地球から見える月も年間3.8センチメートルずつ地球から遠ざかっていると言われています。
それでは、いずれ地球から月が見られなくなるのではないかと心配になる方もいるかもしれませんが、今のペースならば“60億年後”に膨張した太陽によって地球が飲み込まれるまでは、私たちが月を失う心配はなさそうです。
月と同様に、タイタンも土星との位置関係は大幅には変わっていないと考えられてきました。
しかし、長年に渡り軌道を測定した研究が、それが間違いであると示したのです。
️予想より“100倍”速く遠ざかるタイタン
タイタンが土星から離れる速度について、これまでは年間0.1センチメートル程度という非常に微々たるものだと考えられてきました。
しかし、最近の研究では もっとずっと速い速度で土星から離れていることが判明しました。
これは土星の衛星やリングが以前信じられていたよりもずっとアクティブに形成され、変化していたことを物語っていると言えるでしょう。
これを明らかにした研究の1つはアストロメトリーと呼ばれる方法、もう1つは放射測定と呼ばれる方法を採用しており、全く異なる方法による2つの研究が全く同じ結果に行き着いたことが肝となりました。
これらの測定の結果、タイタンの移動速度は標準的な潮汐理論の推定より大幅に速いことがわかったのです。
これは既に提唱されていた理論上の予想とも一致しています。
その理論が提唱された当時、その研究者は「タイタンは土星を強く振動させる特定の周波数で重力的に押し出されている」と主張していました。
これはブランコを漕ぐときに、足を大きく振ることで、より勢いよく高い位置へと移動できる原理に似ています。
この原理によってタイタンは今までの予想よりずっと速い、“年間11センチメートル”という速度で土星から遠ざかっているようです。
これは従来 予想の何と1100倍以上の速さで、この原理には「共鳴ロック理論」という名も付けられています。
現在は他の連星系や、太陽系以外の惑星でも同じことが起き得るか否かについて、既に研究者たちによって追究され始めています。
タイタンをドローンで調査?!
こうした興味深いタイタンを詳しく調査するため、NASAはとあるミッションを計画しています。
このミッションでは8基の回転翼を持った、いわゆる“大型ドローン”を使って、タイタンの地表を移動しながら複数の探査を行う予定です。
シクロプロペニリデンは珍しく小さな分子であり、生命を作り出す化学反応の重要なヒントになる可能性があります。
科学者たちは、この分子がどのように大気中の他の分子と反応を起こしていくかを解明しようとしています。
その過程では、地球とよく似たタイタンへの理解を深めることも必要不可欠なのです。
惑星にはどのように生命が誕生するのか、新しい分子の発見とタイタンによって、ついに大きな宇宙の謎が明らかになる日が近づいているのかもしれません。
参考 : Nature Astronomy, nasa, など
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