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飼われていた記憶 ~ペットになった私~

飼われていた記憶 ~ペットになった私~雑学
飼われていた記憶 ~ペットになった私~

 

家族の一員として、さみしさをうめてくれたり、側に寄り添い、慰めを与えてくれるペットですが、もしも自分が飼われる側の立場になった時、皆さんはどうしますか?

今回は、ペットになってしまったひとりの女性の不思議な体験談をご紹介します。 

 

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私は現在都心から離れた関東地方に一人で暮らしていますが、数年前までいまおもうと不思議な生活をしていました。

元々の私は普通の家庭で普通に育ち、ごくごく一般的な人生だったはずなのです。顔立ちや背格好ももなく不可もなく、頭の出来も十人並みの平凡な人間でした。

今の生活に戻ってから実家を確認したり、同窓会に参加したりしてみましたがやはり私は私の記憶通りの普通の人間だったので気が違ってしまったということもなさそうです。

精神科などの病院にはまだ行っていませんが、恐らく「妄想」として片付けられてしまうことが目に見えているので今も病院は考えていません。

これが書いてはいけないことなのか、誰かに言ってはいけないことなのかの判断も、今の私にはつかないのですが、なんとなく大丈夫な気がします。

特に犯罪に巻き込まれたというわけでも、私が「被害にあった」とも思っていないからです。

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私は関東の大学を出たあと、同じく関東の会社に内定を貰い、一人暮らしの部屋も確保して、あとは4月を待つだけという形で、3月に大学を卒業しました。

大学を卒業し、卒業式の何日か後に用意していた部屋に移り住み、実家から持って来た電気カーペットの上で寝転びながら、新しい家具をスマホで検索しながら探していました。

そこまでが、私が覚えているかつての生活の私の最後の記憶です。本当に、説明の仕方がわからないのですがそこから先は「気がついたら」としか言いようがありません。 

物心が着く頃から、という感じで、気がついたらある一家と一緒に暮らしていました。それは今思うと、ただの居候などではなく、明らかに「ペット」としての扱いでした。 

しかし、当時の私はそれを不満に思うことはなく、まるでこれが私のあるべき姿であるかのように受け入れ、充足した日々を過ごしていました。 

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その一家は30代前半くらいの父と母と、小学校中学年くらいのお嬢さんの3人でした。私は実名でなく、明らかに犬っぽいポチ、とかゴン、といったペットにつける名前で呼ばれていました。 

かと言って、裸にさせられていたわけではなく私だけが着るユニホームのような扱いで、スウェット生地の服がありました。 

それは毎日同じ色ではなく、時に茶色だったり時に生成りだったりと、地味な色ではあったものの、汚らしいものではなく、いい匂いのする清潔感のある服でした。

しかし、首には当然の様に首輪がはめられていました。確か青だった気がします。本当に犬用の、ホームセンターのペットコーナーに売っているようなものです。また、私は毎日お嬢さんからご飯をもらっていました。 

それは自分の手で食器を使って食べる。という形ではなく、お嬢さんがお嬢さんの手から私の口に運んでくれるというものでした。 

食べ物はパンやおにぎりが主でしたが、私はそれに不満など感じず毎日お腹いっぱい食べていたように思います。 

しかし飲み物は水だけで、これは大きなペットボトルを逆さにしてストローをつけたものでした。ウサギやハムスターなどの小動物のケージで良く見るものと同じ仕組みだと思います。

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お風呂は毎日ではありませんが、定期的に入れてもらっていました。毎日お嬢さんが、私の髪をブラッシングしてくれていたおかげか、自分の体臭が気になったことはありません。 

というよりも、その当時の私にはお風呂という概念がなかったようにも思えます。髪と書きましたが、当時の私の容姿は間違いなく人型でした。 

お嬢さんと一緒に遊んでいた時も、ふと鏡を見た時も私は二足歩行でしたし、見た目も間違いなく人間でした。お嬢さんとあやとりをしたことも覚えています。

あの一家と暮らしていた家は和室もありましたが洋室がほとんどで、少し手狭な様な気もしますが普通のどこにでもある一軒家。と言った感じでした。

庭は庭と呼べるほどの大きさではありませんでしたが、お母さんがプランターでガーデニングをしていて、お嬢さんはプチトマトがなるのを楽しみにしていました。

私は普通に日本語を話しており、お嬢さんはいつも私に話しかけてくれました。一家は全員現代の日本人という感じでした。 

私はお嬢さんの話をうんうんと聞くだけでしたが、何か問いかけを受けた時だけ言葉で返事していました。例えば、その日お嬢さんが着る服について「赤がいい?青がいい?」→「赤がいい。」など。 

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時間という概念にも疎く、お嬢さんに起こされて起き、ご飯を食べ、お嬢さんが学校へ行き、お父さんが仕事に出かけ、お母さんが仕事部屋に入ると、私は与えられた寝床に寝転がり、うとうとしながら気がついたら寝て、また帰ってきたお嬢さんに起こされる。 

といった、はっきり言ってなんの役にも立たない存在として生活していました。お母さんは何か家で作業する仕事をしていたのだと思います。 

たまに疲れたように、首を回しながらコーヒーを入れに部屋から出てきました。たまに私が「お疲れ様です。」と言うと優しく笑って頭を撫でてくれました。 

私の世話はほとんどお嬢さんがしてくれていて、お父さんやお母さんとはあまり話した覚えはありません。とくにお父さんとは挨拶以外の会話をしたことがないように思います。

そうして私はその生活を「満喫」していました。お嬢さんや一家の顔や声はまだちゃんと覚えており、会えば絶対にわかります。お嬢さんの名前もわかるのですが、さすがにここで書くのはやめておきます。 

お父さんとお母さんの名前はわかりません。名字も正直曖昧で、多分これじゃないか…というくらいです。そして、ここまで書いておいて本当に申し訳ないのですが、話はこれで終わりなのです。 

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この「ペット」としての生活をどのくらい過ごしたのか、いつ、どうやって抜け出したのか。何も覚えていないのです。生活の終わりは突然でした。 

その家でいつものように寝床で寝ていて、庭に出ていたお嬢さんがリビングに入ってくる気配がしました。私の寝床はリビングにあり、深緑のカーペットの上が私のスペース、という感じでした。

そこに人をダメにするクッションソファーがあり、それが私の寝床でした。そして、「○○」と私のペットとしての名前を呼ばれ、返事をしようと振り向いた時、次の瞬間には私は今の私に戻っていました。 

これが、私が覚えている最後の状態、つまり一人暮らしの部屋で携帯をいじっていた状態のままなら「長い夢だった。」で終わるのでしょうが、私が今の私として気がついたのは、交差点の信号待ちの状態だったのです。

瞬きもした覚えはありません。寝転がった状態から、肩越しにお嬢さんを視界に入れようと、頭だけ後ろに動かした瞬間に、私は都心の交差点に立っていたのです。

そこは、大通りというわけでもありませんでしたが、何度か通ったことのある横断歩道でした。全くわけがわからないまま、歩行者信号は青になり、周りの人の動きに合わせるように、自然に足が動きました。 

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とりあえず信号を渡り終わったあと、その場で止まって周りを見回していたら、ベビーカーを押す女性に「通ります。」と言われて歩道の真ん中にいたことに気づいて道を譲り、それをきっかけに妙に冷静になりました。

幸い知っている道だったので、最寄りの駅まで歩きながら持ち物を確認しました。その時の持ち物と服装は、いつものリュックにいつもの「ちょっとそこまで」程度の服装でした。 

リュックの中には、飲みかけのペットボトルのお茶と、数千円入った財布とポータブル充電機器。それと何故か買った覚えのない新品のイヤフォン。 

携帯電話は上着のポケットに入っており、日付を確認すると大学を卒業して2週間弱ほど経った平日でした。時間は夕方の4時過ぎ。 

そこからは、なにがなんだかわからないまま、まっすぐ一人暮らしの家に帰りました。その日はお風呂にも入らず、着替えもせず、カーペットの上で上着を着たまま寝てしまいました。 

次の日、実家や友達に電話をしましたが、どう説明すればいいかもわからず、悩んだ末に「ここ2、3日の間に私と連絡を取ったという人はいないか」ということを聞いてしまい、両親にも友達にも訝しがられてお終いでした。 

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その後は予定通りに入社し、なんの変哲もない毎日を過ごしています。未だに、あれが夢であったとも現実であったとも判断が尽きません。 

夢だとしたら長すぎるし、リアル過ぎたし、交差点にいたことを考えると夢遊病など他の心配も出てきます。かと言って、現実だとしたら異常過ぎますし、なにより時間軸がおかしい。

いくら時間に縛られない生活をしていたとはいえ、あれは間違いなく2、3日という短い期間ではありませんでした。最低でも1ヶ月。下手したら半年近い期間だったように思います。

ちなみに、ペット期間の足取りは結局つかめていません。というよりも、私の記憶が間違っていなければ実際に記憶が飛んでいるのは10日間前後だと思います。 

日記をつけたりという習慣がないので曖昧ですが、恐らく記憶が途絶えたのは、この日だろうという日は覚えています。 

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ペット期間の思い出は妙に温かい思い出ばかりです。お嬢さんが私に寄り添って眠ってしまい、お母さんが「自分の部屋で寝なさい」と叱っていたり 

お父さんがニュースを観ている隣で「どういう意味?」などと、わからない事を聞いてくるお嬢さんに説明したり、お母さんが庭のプランターに水をやっていると虹が出ていて、それをお嬢さんに教えてあげたり。 

基本的にはお嬢さんが中心でした。自分のことをペットとして割り切るなら、とても大切にしてもらえていたと思います。

今でも「こんな体験ありえない」と思うのと同時に「あんなリアルな体験が夢だなんてありえない」と思う自分もいるのです。 

お嬢さんは本当にいい子で、あの子がこの世には本当はいないんだと思うと、少し悲しくなったりもします。あの家での生活が、よほど心地よかったのか、たまに夢で(普通に夜見る夢)で見ることもあります。

起きてから「良かった、普通の夢だった。」と思うのと同時に少しだけガッカリします。もう会えないのかと思うと切ないような悲しいような… 

現実の友達に話したりしたら、確実に気味悪がられると思います。私自身も明確な自覚がないだけで、少し頭がおかしくなってしまったのかと思ってます。

 

いかがでしたか?
素敵な家族に愛されて、大切にされているペットを見ると、少し羨ましいと感じることはありませんか?夢なのか、はたまたパラレルワールドに迷い込んでしまったのか…。皆さんはどう感じましたか?
参考 : 5ちゃんねる, など
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