大自然の中には、重力に対抗する方法や乾燥した環境に耐える方法など、様々な発明をしてきた動植物が存在します。
そうした生体のメカニズムからヒントを得て、科学技術が考案されるケースがあります。 生体の持つ優れた機能や形状を模倣し、技術開発やものづくりに生かすことは、バイオミメティクス(biomimetics)と呼ばれるのです。
今回は、そのバイオミメティクスの例を10種類ご紹介します。
ゲッコーシール
重力のある中ヤモリが壁に張り付いていられるのは、指先にシーティーという細い毛が生えているためです。
この毛によって、極小スケールでしか効かない「ファンデルワールス力」が働き、それにより壁に張り付くことができるのです。
また、ヤモリの指は接着剤がなくとも物体に密着し、一方で簡単に物体から剥がすことができるという特性を持ちます。その特性を人間界に取り入れるために、近年シリコンを使ってヤモリのシーティーを再現する技術が登場しました。
この技術を活かし、垂直のガラスの壁を登れるガジェットや、自重の数百倍もの重さの物体を持ち上げるロボットなどが開発されているのです。 中には、宇宙で修理を行うロボットもあります。
これは四肢移動式メカニカル・ユーティリティ・ロボットと呼ばれ、国際宇宙ステーションの保守管理を担当しています。 ちなみにその姿もヤモリそっくりです。
サメ肌
サメの皮膚には、肉眼では確認しづらい程の小さな鱗があります。NASAはサメの鱗を参考に、船に施すドラッグ低減コーティングを生み出しました。
この技術は、1987年開催のヨットレース「アメリカズ・カップ」で星条旗号を優勝に導いたのです。このサメ肌コーティングの効果は批判を浴びる程絶大なもので、このコーティングを施した船での出場は、一時的に禁止されました。
また、サメ肌コーティングの鱗は常に動くので、船体に微生物が付着するのを防ぐこともできます。 この働きがあることで、環境に悪影響を及ぼす防汚剤の使用頻度を減らすことができるのです。
風力発電タービン
ザトウクジラの尾ビレの前には、小さなコブが列を成しています。それらのコブが水中で小さな渦を作ることで、ザトウクジラは尾ビレを素早く動かすことができるのです。
生物学者のフランク・フィッシュはこの”小コブ効果”を研究し、風力タービンにコブの列を設けることでドラッグとノイズが減り、風力発電の効率がアップすることに気付きました。
ちなみに、風力タービンの改良に役立ったザトウクジラは、カナダのタービン製作会社の名前にもなったのです。
それがホエールパワー・コーポレーションという社名です。
蟻塚風ビル
アフリカのシロアリは、昼には40℃、夜には2℃という寒暖差の激しい環境において、温度をほぼ一定に保つ蟻塚を作るのです。
その巧みな温度管理は、巣の上部と側面に開いた複数の通気口によって実現します。この通気口から地下の熱い空気が出ていくのですが、シロアリは通気口を塞いだり開いたりすることで、空気の流れをコントロールすることがあるのです。
建築家のミック・ピアースは、この蟻塚の構造をジンバブエのオフィスビル、イーストゲートセンターに取り入れました。このビルの屋上には煙突が並び、地下から冷たい空気が流れ込むと同時に熱い空気が上から逃げるようになっているのです。
そのためエアコンなしでも人間にとって快適な温度が保たれ、これに伴いエネルギー使用量を同じサイズの従来型ビルの10分の1に減らすことに成功しました。
新幹線
従来型の新幹線は、トンネルから出る時に轟音を発生させていました。これはフロントノーズが加えた空気圧によるものです。
そんな中、1990年代、JR西日本の技術者である仲津英治は、カワセミが水の中に飛び込む時、ほとんど水しぶきを出さないことに気付きました。
そして、カワセミのくちばしを参考にして作られた新幹線は、走行時の騒音が少ないものになっていたのです。また空力特性を高めパワーの効率化を図ることで、より高速で走れるようにもなりました。
マジックテープ
1941年、スイスの電気工学者ジョルジュ・デ・メストラルは、犬を連れて外出した後、自分の服や犬の毛皮にゴボウの実がくっついていることに気付きました。
実を顕微鏡で観察したメストラルは、その表面に小さなフックがあり、それが服などの繊維に引っかかりやすくなっていることを知ります。
このゴボウの実からヒントを得た彼は、無数の実験を経て10年後にマジックテープを開発し、新型のファスナーとして特許を取得しました。
ドローン
カエデの種はプロペラのような形であり、回転しながら落下することで遠くまで移動できるのです。アメリカの航空機製造会社ロッキード・マーティンは、カエデの種子をヒントに”サマライ”と呼ばれるシングルロータードローンを開発しました。
そのシンプルな機体には可動部分が2ヶ所しかなく、小型化することも簡単でした。その後、アメリカ国防高等研究計画局がサマライプロジェクトを引き継ぎ、狭い空間に適応する偵察ドローンの開発をしています。
糖衣ワクチン
水の中で暮らすクマムシは、8本足の小さな生物です。水のない環境ではその体は乾燥し、そのままの状態で100年以上生存します。
これを可能にするのが、DNAやタンパク質などの分子機構を糖質によってコーティングするシステムです。そのシステムにアメリカやイギリスのバイオテクノロジー会社が注目し、砂糖を使ったフィルムで生体ワクチンを包むという方法を生み出しました。
こうして、生きたワクチンを冷凍することなく半年間保管することが可能になったのです。
ハイブマインド送電網
ミツバチは他の個体の命令ではなく、自らの本能に従い役割を果たします。1匹1匹の判断は、「自分が巣のどの部分にいるか」そして「周りの仲間が何をしているか」という点に基づいています。
アメリカのエネルギー会社リジェン・エナジーは、こうしたミツバチの”スワーム(群れ)ロジック”というものを参考にし、送電網の効率の改善を図りました。
具体的には電力を管理する中央集権システムを置く代わりに、制御装置を各地域に設置し、通信回線を用いてそれぞれの地域の電力需要を判断させるのです。
足長ロボット
アメリカ国防高等研究計画局は戦場に物資を素早く届けるため、チーターをモデルとした4本足のロボットを開発しました。
山の中などにみられるデコボコした地面は、車輪ではうまく進めません。しかし、脚であれば比較的楽に移動できる場合があるのです。
ちなみにNASAでは、全地形用6足式地球外探査機、通称ATHLETE(アスリート)の開発が進んでいます。ATHLETEの脚の1本1本には車輪が取り付けられており、なだらかな地形ではこの車輪を使って走行します。
そして、行く先に障害物があった場合、脚を器用に使い簡単に跨いでしまうのです。
今回ご紹介したようなバイオミメティクスの例は、他にも多数存在します。
生き物や植物の持つシステムをヒントに生まれたものが、商業的に幅広く活かされているのです。
人類は長い年月をかけて技術を発展させてきましたが、まだ我々が持っていない技術を備え持つ動植物が身近な所に存在するかもしれません。
参考 : cosmosmagazine, など
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