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古代マヤ文明の15の事実 ~想像を超える高度な文明~

古代マヤ文明の15の事実 ~想像を超える高度な文明~ 雑学
古代マヤ文明の15の事実 ~想像を超える高度な文明~

 

マヤ文明は、紀元前4世紀から16世紀にかけて「マヤ地域」と呼ばれるメキシコ南東部、グアテマラ、ホンジュラス、ベリーズなど中米5カ国の複数の都市国家を中心として栄えた文明です。

マヤ文明は、当時としては想像を遥かに超える高度に発達した技術を持ち、複雑なマヤ文字を使っていました。今回は、この古代文明として有名なマヤ文明に関して あまり知られていない15の事実をご紹介します。

 

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ピラミッドや遺跡の新発見が相次いでいる

世界中の研究者が何年にも渡って調査・研究しているマヤ地域で、驚くことに 今なおピラミッドのような巨大建造物の新発見が相次いでいるのです。

メキシコのチアパス州トニーナで、1000年以上前のピラミッドが、これまで自然の丘だと信じられていた場所の下から発見されました。

このピラミッドの高さは75メートルで、メキシコ最大であると2015年に発表されました。メキシコでは、カンペチェ州でも、厚い植生で隠されていた遺跡が発見されています。

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チョコレートを作っていた

チョコレートの原料であるカカオを最初に食用にしたのは、今から約3500年前、メキシコ湾岸沿いの肥沃な低地に栄えた 中米最古のオルメカ文明だとされていますが、カカオからチョコレートを作ったのはマヤ人だと言われています。

グアテマラでは「カカオ」と読める文字が刻まれた2600年前の壺などが発掘され、内部からはカカオの成分が検出されたことから、少なくとも2600年前にマヤ人はカカオを加工していたと推察できます。

マヤでは、カカオに水や蜂蜜、唐辛子等の食材を混ぜて泡立てたスパイシーな飲み物を作り、儀式での神への捧げ物にしたり、祝祭の場で飲んだりしていたようです。

 

象形文字の複雑な体系を持っていた

先古典期後期(紀元前4400年から西暦250年)まで遡るマヤ文字は、建物や石のモニュメント、絵文書や陶器などに残っています。

マヤ文字は、単独の音節を表す800以上の象形文字を組み合わせた構成で、メソアメリカで最も洗練された文字体系だと言われています。

マヤ研究者は、数十年間という時間をかけて多くのマヤ文字を読み解くことができるようになりました。

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マヤ文字はロシア系のアメリカ人女性が読み解いた

建築家を目指していた シベリア生まれのアメリカ人女性 タチアナ・プロスコウリアコフは、大学卒業後に建築関係の仕事に就くことができませんでした。

1930年代にペンシルバニア大学博物館で遺跡を描く仕事に就いた彼女は、グアテマラの古典期マヤ遺跡「ピエドラス・ネグラス」に派遣され、やがてマヤ研究者になったのです。

そして1960年発表の彼女の論文が、マヤ文字の解読に大きな衝撃を与えました。彼女は、マヤ文字が神に関するものではなく、王の誕生や王の即位の日付など、王朝の支配者の名前や一生を書き記していると考えたのです。

その結果、マヤ王朝の歴史を読み解くことが可能になりました。

 

ヨーロッパ人はマヤの書物を燃やした

マヤ人は、イチジクの木の樹皮から作った屏風折りの紙に象形文字を使った絵文書を書き残していました。

これらマヤの絵文書は「コデックス」と呼ばれていますが「ドレスデン・コデックス」「パリ・コデックス」「マドリード・コデックス」「グロリア・コデックス」の4冊だけが現在でも残っています。

ただ、「グロリア・コデックス」は真正性(シンセイセイ)に異議を唱える研究者もいます。

マヤの絵文書については、現存する4冊以外、メソアメリカの高い湿度の影響で残らなかったものもありますが、16世紀にユカタンに着任したスペイン出身のフランシスコ会 修道士ディエゴ・デ・ランダが 絵文書を燃やすよう命令したことで 失われたものがほとんどのようです。

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マヤ暦は世界の終焉を予言していなかった

マヤ暦が2012年12月21日で終わっていることから、その日に世界は終焉を迎えるという説がネット上で話題となっていましたが、現実では何も起こりませんでした。

そもそも マヤ研究者たちは、マヤ暦が世界の終焉を予言していないことを知っていたのです。マヤ文明では 暦をいくつか使用していて、その内の一つである 長期暦が2012年12月に終わっただけの事でした。

過激で強烈な美容法を施していた

マヤ人は、男性も女性も幼少期に 頭部を2枚の板で挟んでヒモで縛り、細長い形に変形させようとする「頭蓋変形」の風習を持っていましたが、これは社会的地位を示すためだと考えられています。

その他、前歯に穴を開け、ヒスイやヘマタイト、ターコイズなどの鉱物で象嵌していたようです。

 

儀式には浣腸が必要だった

麻薬や酒を摂取することは、マヤ人が神と話すための最善の方法でした。

飲んでいたのは木の樹皮を発酵させた液体と蜂蜜で作られた物でしたが、嘔吐を避けて早く酩酊するために、肛門から直腸に注入していた可能性があります。実際、儀式での浣腸の様子を描いた陶器の壺が多数あります。

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生贄を青く塗っていた

遺跡から発見された、鮮やかな青色顔料(せいしょくがんりょう)の「マヤブルー」は、高温多湿な環境でも劣化せず、何世紀にもわたって残っているので、多くの考古学者を魅了しています。

この「マヤブルー」は、雨の神に捧げる 生贄を青く塗るためにも 使用されていました。

サウナ風呂を作っていた

グアテマラの「ティカル遺跡」やベリーズ北部の「クエロ遺跡」では、健康や儀式の浄化を目的とした、石やレンガで造られた サウナ風呂のような構造物が見つかっています。

特にクエロ遺跡のサウナ風呂は3000年も前のもので、古代ローマで有名な公衆浴場よりも 古いと考えられます。

 

過激なスポーツを行っていた

メキシコの「チチェン・イッツァ遺跡」には大きな球技場があり、そこで「ピッツ」という球技を行っていました。

競技者は防具を身に付け、手を使わずに、重いゴム製のサッカーボール大のボールを、高い所にある輪に通す競技なのですが、娯楽というよりは重要な儀式だったようで、負けたチームの代表を生贄にしていた可能性があったようです。

初めて七面鳥を家畜にした可能性がある

七面鳥の野生種の生息域外である、グアテマラの「エルミラドール遺跡」で七面鳥の骨を発見したことから、歴史上初めてマヤ人が七面鳥を家畜にしていたと考えられます。

しかも、単なる食用目的だけではなく、七面鳥の羽根や骨を材料にして扇や道具、楽器などを作っていたようです。

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マヤ文明はなぜ衰退したのか

古代マヤ文明は、8世紀から9世紀頃に衰退したとされています。かつて 最大7万人の人口を誇っていた マヤ南部の低地に栄えた複数の都市が放棄されたのです。

その理由については 都市国家間で発生した襲撃や紛争、海岸部への移住、干ばつ、人口過剰など、いくつかの説があります。

 

マヤ人は滅んでいない

何らかの理由で マヤの都市は廃墟となり、マヤ文明は滅びましたが、マヤ人は滅んではいません。

マヤ人の末裔の多くは、グアテマラなどの祖先の故郷で生活していて、人口の大半を占めているのです。

マヤ文明の遺跡や遺物が喪失の危機に

マヤ遺跡では、遺物の盗掘や略奪が横行し、違法に売買されている他、盗掘者が遺跡を破壊する事件も起きています。

実際、グアテマラの「シュルトゥン遺跡」では、盗掘者がピラミッドを半分に切断する事件がありました。

 

いかがでしたか?
2012年12月21日に人類が滅亡することを予言した、と有名になったマヤ文明は滅び、繁栄を誇った都市は廃墟となり、今ではジャングルと化しています。考古学者たちは、マヤ文明衰退の原因について様々な説を提示していますが、決定的なものはありません。古代のロマンに思いを馳せつつ、いつか謎が解明されることを待ちましょう。
参考 : mentalfloss, など
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