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呪いのアイテム!? ~いわくつきの遺物が人々に不幸を~

呪いのアイテム!? ~いわくつきの遺物が人々に不幸を~ 地球
呪いのアイテム!? ~いわくつきの遺物が人々に不幸を~

 

科学には魔術や迷信、民間信仰といったものが入り込む余地はありません。科学的な議論の場において、神秘的な説明が通用することはないのです。

しかし、興味深いことに考古学の世界は、魔術的な考え方に対して、寛容な価値観を持ち合わせています。

オカルトに肩入れしていない、ニュートラルな考古学者ですらも、魔術的な力が働いているとしか考えられない、神秘的な現象を信じているというのです。

科学で説明できない現象を実際に目の当たりにすると、超自然的な力を否定することはできなくなるのでしょう。今回は、そのような力によって「呪われた」アイテムの数々をご紹介します。

 

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ローマ帝国の石

1980年代後半、かつてのローマ帝国が、敵国の城壁を破壊するために使用したといわれる石が発見されました。そのころローマ帝国では、人間にとって最も原始的な武器である「投石」が用いられていました。

記録によると、ローマ帝国が投石を用いて攻撃しようとしていたのは、ガムラという古代都市だったそうです。

ガムラの君主は自ら身投げして命を断つことで、当時9000人ほどいた市民が捕虜にされてしまうことを防ごうとしたといいます。その石は、発見されて以来、しばらく博物館に所蔵されていました。

「しばらく」と言ったのは、いつの間にかこの石が盗まれていたため、正確には博物館にあった期間がわからないからです。

2015年のある日、博物館の中庭にこの石が置かれているのを見つけるまで、誰も盗まれていることに気が付きませんでした。中庭には、石とともに、盗んだ犯人からの小さな手紙が添えられていました。手紙には、「この石を博物館から盗んで以来、不幸ばかりが起こるから、もう博物館に返却する。遺物は盗まないほうがいい」と記されていたそうです。

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バージニアシティに眠る死者

町中のいたるところに遺体が埋められているという問題を解決するために、かつて鉱山都市として発展していたバージニアシティという町に、巨大な墓地が建設されました。

「地面から400億円が採掘された」とも言われるほど発展していたバージニアシティでしたが、1800年代後半に主要な鉱山が閉山してしまったことで、一度は廃れた町になってしまいます。

そして2000年になり、観光都市として街の再興に成功したのですが、ここで奇妙な事件が起こりました。かつて死体問題の解消のために設置された巨大墓地から、大量の墓石が盗まれてしまったのです。

最終的には、呪いに怯えた犯人たちが返却してくることになるのですが。墓地の管理者が、墓石泥棒の動機を調べてみると、どうやら犯人たちは盗んだ墓石を、ガーデニングの装飾アイテムや、ドアストッパーなどに利用していることがわかりました。

盗まれた墓石は、犯人たちのありふれた日常生活に溶け込んでいたようですが、それは墓石の呪いによって、犯人たちに災厄が降りかかるまでの話でした。

犯人たちは盗んだ墓石の呪いのせいで、自分たちに不幸が続いていると確信した瞬間、墓石をバージニアシティの墓地に返し、「持ち主の墓に間違いなく戻してくれ」と怯えながら懇願したそうです。

 

ポンペイ遺跡の出土品

ローマの伝説によると、ポンペイという古代都市は、ローマ軍によって聖地を破壊されて以来、神の呪いを受けていたといわれています。

考古学者のもとには、ポンペイ遺跡から盗まれたアイテムが「盗んで以来、不幸なことばかりが起こるから返却したい」という旨の手紙とともに送られてくることがあります。

どうやら、ポンペイから出土したアイテムも大部分が呪われているようです。ポンペイを研究しているイタリアの考古学者、マッシモ=オサンナのもとには、年間100個もの盗まれた出土品が届いたことがあるといいます。

返却されたアイテムは、像やモザイクタイル、フレスコの破片などでした。

1人で5つもの小包をマッシモのもとに送ってきたスペイン人の窃盗犯は、ポンペイの出土品を盗んでからというもの、本人だけでなく、家族全員に災厄が降り掛かったと語っています。

マッシモは、呪いに耐えきれずにポンペイの出土品を返却してきた盗賊たちの手紙を集めて「ポンペイから持ち帰ったもの」という展示会を開こうと考えているそうです。

そのときは「思いもよらぬ、災厄の土産付き」というサブタイトルをつけると良いかもしれませんね。

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ゲティスバーグの石

ポンペイと同じように、ゲティスバーグ公園もかつて戦乱があった場所です。この公園にも、呪いに苦しんだ人たちから毎年たくさんの小包が送られてきます。

小包には、公園の戦場跡から持ち去られたアイテムと「それを持ち去って以来、不幸ばかり起こる」というように、アイテムに宿った呪いを嘆く手紙が入っていました。

持ち去られたアイテムといっても、ただの小石や枝くらいのものなのですが、持ち去った人たちは、病気で何度も手術を受ける羽目になったり、職場で大きな怪我を負ったり、人間関係に悩んだりと、散々な目に合っています。

中には、ゲティスバーグで拾得物を持ち帰って以来、妻子を失い、住む家もなくなり、牢獄に9年も監禁されたという人までいます。公園の管理人は、公園の訪問者たちに優しく注意しています。

「公園に残る歴史の断片を持って帰りたいと思うことがあるかもしれないが、どんなに小さなものであっても、そのまま元の場所に置いておくのが一番だ」と。

 

先住民の遺跡

ユタ州サンフアン郡で最大の都市であるブランディング市は、アメリカ先住民の一派である古代プエブロ人の遺跡で有名です。

ハーストという少年はある日、この都市では矢じりや陶片といった遺物が、無造作に地面に転がっていることに気が付きました。

彼からこの状況を知った、彼の幼馴染や近隣の住民たちは、自らの懐を肥やすために、これらの遺物を掘り返しては不正に売りさばいていたそうです。

重機を持ち出して一帯を掘り返してしまった住人もいました。ハースト少年は、彼らの行為を「遺跡を冒涜する許されない略奪だ」と考え、そのような幼馴染とは綺麗サッパリ絶縁してしまったようです。

この違法な遺跡荒らしに対してFBIは、インターネットオークションの登場に苦戦しながらも捜査を続けていました。

そして、FBIが100人を超える大所帯でブランディング市に乗り込んできたとき、遺物を不法に売りさばいていた犯人たちは、ついに一網打尽にされたのです。

逮捕された犯人の中には、医者や保安官などの、地元の有力者も数多くいたそうです。このとき既に、ハースト少年がこの都市に遺物が転がっていることを発見したあの日から、約60年が経過していました。

その60年の間に、ハースト少年は立派な考古学者になったのです。

 

いかがでしたか?
遺跡を荒らして歴史的なアイテムを持ち去ってしまうと、呪いや不幸といった、予期せぬおまけが着いてきてしまうことがわかりました。過去の記憶を伝える大切な手がかりである遺物を盗んでしまう遺跡泥棒は、今後の人類全体にとっても損失となる、特に卑劣な犯罪だと思います。高額転売を目的とした悪質なケースはもちろんのこと、「庭の装飾に使う」などの気軽な動機の遺跡泥棒もしないようにしましょう。ゲティスバーグ公園では、落ちている小石や小枝を持ち帰っただけで呪われたケースもありました。「公園に落ちているものを拾う」くらいは普通の人でもやりがちなことなので、少し注意が必要ですね。
参考 : toptenz, など

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