複雑系専門の2人の理論物理学者が、自然科学分野の学術誌に掲載した論文で「このまま森林破壊が続くと、21世紀前半には地球上の人口を維持していくことが不可能となる」という警告を発しています。
そして、世界規模の森林破壊によって、人類の文明が20年~40年の間に「不可逆的な崩壊」を引き起こすと結論付けているのです。今回は、この論文の内容について紹介します。
文明社会は、完全に森林が消失する前に崩壊
論文では、現在のペースで森林破壊、環境劣化が進行すると、およそ100年~200年後には完全に森林が消失するとされています。
そして、最後の木が伐採されて初めて、人間社会が森林破壊の影響を受け始めるだろうと考えるのは、明らかに非現実的だと書かれているのです。
これは、森林破壊の進行によって、森林が担っている二酸化炭素貯蔵と酸素生産、土壌保全、水循環の調節、自然と人間の食生活の支援、無数の種の住居など、人類が地球上で生存するために必要な生命維持システムへの影響が深刻化するため、完全に森林が消失する前に文明社会の崩壊が起こるということです。
文明崩壊回避の確率は10%未満
この論文は、イギリスのアラン・チューリング研究所のジェラルド・アキーノ博士とチリのタラパカ大学のマウロ・ボローニャ教授が共同執筆したもので、実際の人口増加率と資源消費、特に現在の森林破壊のペースを維持した場合、人口は急激に減少し、最終的に著しい低人口で安定するか、もしくは完全な絶滅に至ると予想され、こうした文明の「不可逆的な崩壊」が今後20年~40年の間に起こると言います。
そして、私たち人類が破局的な崩壊に直面することなく生き延びる統計的確率は非常に低く、最も楽観的に見ても、文明崩壊を回避できる確率は10%未満であると結論付けています。
科学技術で文明崩壊を回避
この論文では、文明崩壊を回避するための科学技術の可能性についても紹介されています。
それは、恒星が発するすべてのエネルギーを吸収・利用するために、恒星を覆うことができる巨大な球殻状(きゅうかくじょう)の人工構造物「ダイソン球」を構築するというものです。
この「ダイソン球」とは、SF小説などにしばしば登場する、仮説上の巨大構造物ですから、現在の持続不可能な人口増加と資源消費を継続するのであれば、SF小説レベルの圧倒的な技術革新を実現しなければ、私たち人類が生き延びることは不可能ということです。
もし、ある文明の科学技術が「ダイソン球」建造を実現し、恒星のエネルギーを完全に吸収・利用できる程度まで発達した場合、その文明は本来保有している資源の限界を超えるレベルに達したことになります。
しかし、現在の私たちの文明社会は、惑星のエネルギーの全てを利用できるレベルにすら達していないのです。
地球外知的生命体が発見できない理由
論文では「科学技術のレベル向上に比例して、森林の消費量も増大」し、同時に「資源利用の効率性も向上」すると書かれています。
そして、科学技術の高度化によって、生態系崩壊の防止策を考案することが可能になるだけではなく「最終手段として、地球外の宇宙で文明を再建」することが可能になるかもしれないと言います。
ただ、予測モデルによる計算では、成功する可能性は低く、文明崩壊の危機を回避できる確率は10%未満しかありません。
なお、この計算結果は、地球外知的生命体が今まで発見できない理由を説明するものかもしれないと言われています。
つまり、この予測モデルに基づいて推測すると知的な文明は、その発達とともに文明が生まれた惑星の資源を消費し続け、文明崩壊の危機を回避できる高いレベルまで発達する以前に滅亡する可能性が高いと考えられるのです。
森林破壊のペースの鈍化
ただ、この予測モデルは、あくまで現在の状況が維持・継続されるという前提で計算されていて、将来どこかの時点で変化する可能性は考慮されていません。
論文では、世界的な人口増加と森林破壊が「現在」のペースで継続した場合、私たちの文明社会が、20年~40年の間に崩壊すると結論付けられていています。
その結論は真摯に受け止めなくてはならない警鐘であることは確かですが、その前提は最悪のケースを想定したものであることも確かです。
国連食糧農業機関が発行した「世界森林白書 2020年度版」によると、ここ数十年というスパンでは森林破壊のペースが鈍化しているそうです。
世界の森林面積の年間純損失はこれまで780万ヘクタールもありましたが、現在では470万ヘクタールにまで減少しています。
これは、森林破壊が行われている一方で、自然発生的なものや人工的なものを合わせて、新たな森が誕生していることが理由の一つとして挙げられます。
同時に、森林破壊そのものも減少していて、1990年代に伐採された森林は年間1600万ヘクタールありましたが、2015~20年で伐採された森林は1000万ヘクタールにまで減少しています。
ただ、こうした改善が報告されているとは言え、1990年から2020年の間には合計1億7800万ヘクタールの森林が失われているため、依然深刻な状況であることに変わりはありません。
さらに、森林保全の活動が活発化する一方で、2019年度に消失した原生林の面積が、前年度よりも2.8%増加したという悪化の兆しも、世界資源研究所より報告されています。
人口増加のペースの鈍化
医学雑誌「ランセット」に、出生率の低下の影響から世界の人口増加率も21世紀半ば頃から鈍化し始め、従来の予測より低くなる可能性があるという予測が掲載されました。
このように、人口増加率の低下と森林破壊ペースの減速傾向が世界的に見られることで、狙いを絞った計画的なアプローチによって、文明社会の崩壊という危機の回避を実現できる可能性があると考えられるかもしれません。
ただ、このようなペースの変化は、今回の論文で発表された予測モデルの結末を覆すには遅すぎるようで、論文でも「『変えよう』という非常に強力な集団的努力が無い以上、10年程度の時間の尺度で人口増加率や森林破壊のペースという変数に大きな変化が生じるとは考えにくい」と指摘しています。
文明のパラダイムシフト
文明崩壊を回避する方法としては、根本的かつ劇的な文明の転換も提案されています。
現在、文明崩壊の危機に瀕していながら、多くの人々が「人類文明の存続に関して、惑星資源の消費が大きな危険」であることを全く認識していないのではないでしょうか?
私たちの文明社会は、その中で生活する個々の利益を特権とし、私たちの生活を支えている生態系にはほとんど関心を払っていません。
論文では、目前に迫った文明崩壊の危機を回避するために「ダイソン球」が構築可能な圧倒的な技術革新が実現できないのであれば「別の社会モデルを再定義する必要がある」と述べています。
私たちの文明社会が劇的な変換を遂げた場合、個人の利益よりも生態系の利益が優先される部分もありますが、それが最終的には文明社会全体の利益にかなうものとなるはずです。
つまり私たち人類が生存の可能性を高める一番効果的な方法は、従来の個人の利益偏重傾向を脱し、地域や社会という他人や人類以外の種、さらに大きな生態系に対する責任というものにもっと関心を払うようにすることだと言えます。
人口増加と森林破壊が「現在」のペースで継続した場合、20年~40年の間で私たちの文明社会が崩壊すると言われていますが、その危機を回避するためには、太陽を制御するほどの技術力を直ちに手に入れるか「文明のパラダイムシフト」を起こすか、どちらかを行わなくてはならないということはお分かりいただけたと思います。では、より難易度が低いのは果たしでどちらだと思われますか?
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