その機能や仕組みが相当複雑で、科学の著しい進歩、進展にもかかわらず、現在でも十分に解明されていない人間の身体の神秘の象徴が「脳」です。
あまりにも多くの謎に包まれているため、脳に関する様々な迷信が、今でもなお、巷間を席巻していることは周知の事実です。
今回、一般に広く認知されている脳に関する迷信について、その誤りを解説しましょう。
人間には「右脳系」と「左脳系」という2つのタイプが存在する
一般的に、論理的思考能力が高く、物事の分析が得意な人を「左脳系」、創造的発想能力が高く、芸術的なセンスが優れている人を「右脳系」と呼ぶことがあります。
この「右脳系」「左脳系」という2つのタイプが存在するという迷信は、未だに多くの人が口にしていますが、実際に右脳か左脳のどちらか一方が強く機能しているという事実は証明されていません。
2013年、アメリカのユタ大学の研究チームは、7歳から29歳までの被験者1011人の脳を解析しましたが、右脳もしくは左脳のどちらかが、より多く使用されるという点で、大きな隔たりは確認されませんでした。
実際、脳の機能そのものは左右で分かれていることは紛れもない事実で、左脳は言語を処理し、右脳は感覚を処理することが多いようですが、MRIで測定した結果からは右脳も左脳も、ほぼ同程度の神経ネットワークが発達しているそうです。
人間は、脳の10パーセントしか活用できていない
他の動物と比較して人間の脳は大きく発達しているにもかかわらず、わずか10パーセントしか活用できていないというのはあり得ない話です。
そもそも、人間の脳は様々な情報処理を担う区画に分かれていると言われていますが、人間の脳の特定の部位で行われる情報処理は氷山の一角のようなもので、実際には情報が広範囲に伝達され、目に見えない脳内のいたるところで膨大な情報処理が行われていると考えられています。
例えば、単純作業を行う時に、脳の様々な皮質領で活発な神経活動が確認されていることからも、脳の10パーセントしか活用していないという仮説とは整合性がとれないのです。
ただ、人間の脳は部分的に喪失しても、比較的その機能を損なうことが無いことから、脳自体には余力があると言われているのも事実です。
脳の個性で学習タイプは異なる
人間に個性があるように、脳にも個性があって、その脳に合致する学習タイプがあると信じている人が、意外と教育関係者に多くいるようです。
会話など聴覚の情報処理が得意だったり、観察など視覚の情報処理が得意だったり、人によって感覚情報の処理に得手不得手 があるというのですが、こうした学習タイプに差異があることを証明した研究はありません。
インディアナ大学で、学生に自分自身に合っていると考えている学習スタイルを変えてもらい、試験を受けてもらう実験を行ったところ、その成績の結果に大きな差は見られなかったそうです。
脳は40歳を過ぎると衰えが目立つ
年齢を重ねると、脳の一部の活動には衰えが見えてくることは事実です。
例えば、言語を習得する能力を見てみると、脳そのものが発達過程にある子どもの若い脳の方が、情報を処理、吸収する能力が優れています。
一方、年齢を重ねると、人や物の名前などが分かっているのに、すぐに言葉にできないという経験が多くなります。
言語のインプットやアウトプットでは若い脳の方が優位かもしれませんが、年齢を重ねた結果として語彙力が豊富になり、言葉の微妙なニュアンスの使い分けが得意になるという別の面での優位性が見られることもあります。
男性脳と女性脳で学習法に違いがある
脳の性差について様々な視点からもっともらしい解説がなされていますが、こうした男性脳と女性脳の違いに関する見解のほとんどが、科学的にも統計学的にもきちんとした研究や観察に基づいていないと言われています。
実際、男性の脳は女性の脳と比較すると大きいのは確かですが、それは単純に男女の身体の差によるものですし、男性の脳梁は女性より細いため、左右の脳の連携がよくないなどと言われていますが、これに関してもデータの信憑性が乏しく、多くの脳科学者が否定しています。
男性脳と女性脳の学習法の違いについても、大きな差があることを証明できるほど、脳を十分に解明できていないのです。
人間が持っている感覚は五感だけである
私たち人間は、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感を持っていると言われていますが、実際にはもっと複雑な感覚があり、微妙な違いで分類すれば21の感覚があると主張している科学者もいます。
彼らの主張によると、触覚とは異なる複数の感覚が混ざり合った結果であり、実際には圧力や熱、痛みをも認識しているそうです。
こうした触覚や温度感覚、痛覚などを皮膚感覚といい、筋や腱、関節など身体内部の感覚を深部感覚、または自己受容感覚と言われています。
脳細胞を死に至らしめる飲酒
お酒を飲み過ぎると、呂律が回らなくなったり、まっすぐ歩けなくなったりするため、アルコールが脳細胞に悪影響を与えていると考える人もいるのではないでしょうか?
しかし、普通のアルコール摂取量であれば、脳に悪影響はありません。
そもそも、脳細胞を死に至らしめてしまうほど、過剰な量のアルコールを摂取することは、人体のすべてに対して有害ですので注意が必要です。
損傷を受けた脳は治らない
脳は、人間の身体の各部位を管理するだけでなく、人間としての意識を司る重要な活動をする部位ですから、いろいろな意味で大切に扱う必要があります。
しかし、実際の脳は、仮に損傷を受けたとしても、その機能を補完することが可能なのです。
これまで、多くの専門家が、脳細胞の数は一定の年齢で増加が止まると考えられていました。
しかし、近年の研究によって、脳の可塑性は比較的高く、新たな細胞を作り出すことが可能であることが判明してきました。
損傷を受けた部位を修復することはもちろん、受けた損傷の修復が不可能な場合は、脳の他の部位が損傷を受けた部位の機能を補うこともできるというのです。
人が幸せや悲しみを感じるものは明確である
人が幸せを感じるものや、悲しみを抱くものについて、聞くまでもなく明確であると考えている人は多いのではないでしょうか?
しかし実際には、人を幸せにする、あるいは悲しませる出来事や状況、体験について具体的なことはほとんど分かっていないそうです。
社会活動などによる承認欲求の充足や余暇活動などによる自己実現がもたらす幸福度も、月曜日の朝に気分が落ち込む憂鬱度も、実際の感覚よりも過大評価されていることが分かっています。
脳は、私たちが思う以上に切り替えが早く、例えば 自分の身近な人物が亡くなると、深い悲しみに打ちひしがれてしまうと思うかもしれませんが、そういう感情でさえ、意外と長続きせず、立ち直ることができるのです。
モーツァルトの曲を聴くと成績が上がる
1993年にカリフォルニア大学の心理学者フランシス・ラウシャーらが発表した論文では、モーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ ニ長調」K.448を聴いた学生は知能検査の空間認識テストにおいて高い成績を示すことが発表され「モーツァルト効果」として報道されました。
しかし、この効果は音楽を聴いて10分から15分程度だけ見られる限定的なものであること、さらには実験結果そのものが再現できないことが報告され、今も論争が続いています。
私たち人間の脳は、千数百億個という膨大な数の細胞でできています。本能的な感情や行動から人としての学習や記憶、運動など、様々な機能はこうした多くの神経細胞が連携し、複雑な情報伝達ネットワークをつくることで実現しています。今後も、脳という小宇宙に関する様々な仮説や迷信が話題になる中、一つでも多くの真実が解明されることを期待したいと思います。
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