無限と言われる宇宙空間を自由自在に移動可能なワープ航法について、NASAでは実際に研究に取り組んでいたようです。
この時空の流れを操作して宇宙空間を航行する方法を真剣に検討していることは、NASAジョンソン宇宙センターのハロルド・ホワイト博士が著した「ワープ・フィールド・メカニクス101」というタイトルのレポートからも明らかです。
今回は、このレポートで検証、評価されている「アルクビエレ・ドライブ」について、その問題点と打開策を解説します。
時空の流れを生み出す「アルクビエレ・ドライブ」
「アルクビエレ・ドライブ」とは、メキシコの物理学者ミゲル・アルクビエレが提案した、アインシュタイン方程式の解を基にした空想的アイデアで、宇宙船の後方で常に小規模なビッグバンを起こして時空を膨張させつつ、宇宙船の前方で常に小規模なビッグクランチを生じさせて時空を収縮させることで、一般相対性理論を破ることなく、光速を超える速度で宇宙船を押し流すような時空の流れを生み出そうというシンプルかつダイナミックな理論です。
例えるとすると、川に船を浮かべて、進行させたい船首の方向と逆になる船尾の後方水面に石を投げ込み、波動によって船を押し流していくようなイメージです。
「アルクビエレ・ドライブ」の問題点
「アルクビエレ・ドライブ」は、空間そのものを歪めることで、宇宙船が光速を超えて動いているようにする、宇宙船のある空間の座標を変えるという方法でのワープ航法なのですが、その実現には問題点があることも確かです。
例えばハロルド・ホワイト博士はレポートで、仮に時空の流れを生み出すことが可能だとしても、エネルギー密度の発生によって方向の選択が任意となり、宇宙船の進行方向が不明であると指摘しています。
進行方向はローリングスタートで決定
進行方向が不明という問題点の解決方法として、SF小説の中ではワームホールを安定させることを考案していたようですが、このレポートでは、別の打開策が提示されています。
それは、船体が停止した状態からワープするスタンディングスタート方式ではなく、航行しながらワープするローリングスタート方式を採用することで、進行方向を決定するという方法です。
「アルクビエレ・ドライブ」は地球上で発展
「アルクビエレ・ドライブ」の問題点について、このレポートで取り上げたのは1点だけですが、実現するまでには、解決しなくてはならない問題点は多数存在します。
それでも、無限に広がる宇宙空間に存在する星々への航行実現の可能性が高まったことは確かです。
また、レポートではワープ航法の実験に関する可能性についても触れられていて、ワープ航法のコンセプト自体は、地球上でも活用できるかもしれません。
そして、地球上で活用することが、宇宙船のワープ航法システムに採用する技術の精度向上を促進することになるはずです。
実験室でワームホールを作成
2015年スペイン・バルセロナ自治大学の研究チームは、ある地点から別の地点までの磁場の経路が見えず、磁石や電磁石などから生じた磁場の磁力が減退しない「小さな磁気ワームホール」の作成に史上初めて成功しました。
ただ、今回作成されたワームホールは、SF作品に登場する瞬間的な移動や物質転送が可能なものとは違います。それでもなお、ある地点で消えた磁場が別の地点で現れるワームホールの作成は、大発見であると言えるものです。
磁場は非三次元的に移動
このワームホールは、磁性を有する人工物質「メタマテリアル」と人工的な反射特性を持つ「メタサーフェス」を使用した、複数の異なる層を持つ球体として作られています。
外層は強磁性、内層は超電導物質、そして両端にかけては円筒状に強磁性のシートが巻いてあり、こうした構造は内部を電磁気的に不可視にするためだそうです。
この実験で現れた電磁場は、N極かS極しか持たない「単極子」という自然界には存在しないもので、この結果自体が不思議な現象ですが、いずれにしろ磁場は移動中に検出不可能だったことから、ある地点から別の地点に非三次元的に移動したことが証明されたと言えます。
この発見が即座に宇宙論に適用されるというわけではありませんが、私たちの日常生活、特に磁場を用いる分野に応用することは可能だと言います。
例えば、MRIの狭い装置に入らなくて済むようにして患者の不快感を和らげたり、異なる身体部位の高精度なMRI画像を同時に取得したりすることが可能になるそうです。
しかし、最も重要なのは、この発見が「空間を通り抜ける方法」についての示唆に富んでいることなのは間違いありません。
ワームホールによる移動は時間がかかる
時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域にある湾曲したトンネルのような抜け道で、そこを通ると光よりも速く時空を移動できるワームホールが存在しうるということが、ハーバード大学の物理学者であるダニエル・ジャフェリス氏によって明らかにされました。
ダニエル・ジャフェリス氏によれば、理論上は存在しうるとしても、SFに描かれているような銀河間移動に使えるほど実用的ではなく、人間が移動手段として使うには便利なものではなく、実は、ワームホールを使って移動する方が、時間がかかるというのです。
この新しい理論の重要な点は、量子力学と一般相対性理論の組合せに起因する「ブラックホール情報パラドックス」や、重力と量子力学との関係といったことを知る手がかりになることで、光が通過できるワームホールを作成する方法を研究することが量子重力理論の発展に寄与することになると、ダニエル・ジャフェリス氏は述べています。
2013年に提唱された「ER = EPR理論」では、ブラックホールを結ぶ「アインシュタイン=ローゼン・ブリッジ」(ER)が存在し、それが素粒子の「量子エンタングルメント」(EPR)と等しいと主張しています。そして、ダニエル・ジャフェリス氏は、ブラックホールを接続させた方が、ワームホールより短くなるため、ワームホールは近道にならないと説明しています。
ワームホールの研究は量子重力理論を発展させる
先述したように、ワームホールは銀河間の旅行には役立たないかもしれませんが、ワームホールを作成する方法を研究することが量子重力の理論の発展を加速させると考えられています。
実際、通過可能なワームホールを定式化するための最大の障壁は、膨大な負のエネルギーだと考えられています。
これは量子重力とは一貫していないような印象を持たれることもありますが、新しい場の量子論に基づいたツールを利用して、この最大の障壁を突破しようとダニエル・ジャフェリス氏は考えているようです。
更に、ゲージ・重力対応や量子重力などについても詳細なことが判明する可能性や、量子理論を定式化する新しい方法が発見される可能性もあるそうです。
「アルクビエレ・ドライブ」を完成させる鍵を握るのは、量子理論とメタマテリアルであると言われています。また、技術的には、超電導体や干渉計、磁力発生器の開発も不可欠だそうです。しかし、気が遠くなるほどに広い宇宙空間の中に、ワープ装置ともいえるこのワームホールを自在に作成することができればどんなにいいことでしょう。ただ、その実現は技術的に難しく、たとえ完成させたとしても、それは非常に不安定なものとなり、ワームホール自体が崩壊してしまうと考えられています。もし、安定したワームホールの作成方法が確立され、物がワームホールを通過できる可能性が示唆されたら、その時は、私たち人類が銀河の果てまで旅をすることが可能になることでしょう。
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