土星最大の衛星タイタンでは、空に雲ができ、その雲が雨を降らせ、湖や海を満たし、季節ごとの風景を作り出しています。
こうした液体の循環が行われている太陽系の天体は、地球以外では「タイタン」だけですが、その内容や成分は地球とは全く異なっています。
空からは水ではなく、液体のメタンが降り、地殻は硬く凍った氷で構成され、地表に溢れ出てくるものも溶岩ではなく水の氷なのです。
このような「タイタン」の環境が生物にとって原始的な環境であると推測され、生命体が存在する可能性があると考えられています。
今回は、土星の衛星「タイタン」に、生命体が存在する可能性について紹介します。
「タイタン」の北極にも雨が降る
「タイタン」の南極では雲が発生し、雨が降ることは知られていて、恐らく北極も同様の現象が起きていると推測されていましたが、これまで「タイタン」の北極では降雨の証拠が見つけられませんでした。
しかし、米アイダホ大学のラジャニ・ディングラ氏とジェイソン・バーンズ氏は、土星探査機「カッシーニ」が、2016年に送ってきた画像を精査していた時、北極を撮影した写真に反射する光が写っているのを発見したのです。
反射する光は雨が降った証拠
この反射する光を分析した結果、北極にも確実に雨が降っているという結論に達しました。
つまり、雨が降って地表が濡れたことで、光を反射しやすくなっているということです。
ただ、「タイタン」は分厚い大気で覆われているため、反射する光をとらえ、証明することが難しかったのです。
「タイタン」に生命体が存在する可能性
そして、ここで注目すべきことは天候ではなく、「タイタン」に生命体が存在する可能性です。
「タイタン」は、初期の地球と同じように、有機化合物を成分とする大気に覆われているため、水の氷が有機化合物と混ざり合うことで、生命が誕生する可能性があるのです。
または、まさにこの瞬間、生命が形成途中にあるのかもしれません。
その生命は私たち地球人と同じく、水を基礎としているのかもしれませんし、「タイタン」に存在する液体メタンの海が基礎となっているのかもしれません。
探査機「ドラゴンフライ」による調査への期待
生命が存在していない環境で、水と有機化合物が混ざり合ったらどうなるのでしょうか?
水と有機化合物が混ざり合った時、どのくらい生命分子の形成に近づいているのでしょうか?
その生命分子は、地球上の生物の前身となった生命分子と同じという可能性はあるのでしょうか?
こうした疑問について実験室で検証することは相当難しいですが、宇宙にある実験場として「タイタン」は最適であると言えます。
NASAが原始生命の研究のために探査機「ドラゴンフライ」を「タイタン」に送り込むミッションを計画していますが、ジェイソン・バーンズ氏は、この計画が認可されるのを心待ちにしています。
計画が許可された場合、2025年に「ドラゴンフライ」が打ち上げられ、2034年以降に「タイタン」に到着する予定です。果たして「未知との遭遇」が実現するのでしょうか?
炭化水素の海を探索するため、ロボット潜水艦を開発中
「タイタン」の地上の気圧は地球の1.4倍で、どうにか人間は歩行可能ですが地表の温度はマイナス180度と極寒で、人間が調査するのは不可能です。
また、地球の海が塩水であるのと異なり「タイタン」にある海は主にメタンとエタンで構成され、その温度はマイナス184度という冷えた環境となっています。
このデータは、2005年に「タイタン」に着陸したカッシーニの惑星探査機「ホイヘンス・プローブ」によって明らかになりました。
NASAは、この炭化水素の海を探索するためのロボット潜水艦を開発しています。
ロボット潜水艦を使った調査で明らかになる「タイタン」最大の海の謎
NASAはロボット潜水艦で「タイタン」最大の海「クラーケン海」の調査を計画しています。
ちなみに「クラーケン」とは、北欧の伝承に登場する海の怪物のことで、2番目に大きな海「リゲイア海」の「リゲイア」は、ギリシア神話に登場する海の怪物セイレーンの一人の名前に由来します。
ロボット潜水艦を使った調査で、炭化水素の「クラーケン海」と、98パーセント以上が窒素である大気との相互作用の仕組みに関する謎が解明されるかもしれません。
これは、この計画の中で海洋シミュレーターの開発を担当しているワシントン州立大学のイアン・リチャードソン氏が解明したい謎でもあります。
リチャードソン氏によれば、大気中の窒素が海に相当量 溶け込んでいて、15から20パーセント程度溶け込んでいれば、潜水艦のプロペラやバラストに与える影響が大きいそうです。
地球で行うロボット潜水艦のテスト
地球では、冷たいエタンとメタンは液化天然ガスとして研究可能ですが、窒素が主成分の極寒の大気の下での炭化水素の海を研究することは不可能です。
リチャードソン氏は、ロボット潜水艦が「タイタン」の海でどのような影響を受けるのか、綿密なテストを実施しました。
まず、窒素ガスを圧力チャンバーに封入し、そこに液体エタンとメタンを1リットル注入して、マイナス184度まで冷却します。
次に、ロボット潜水艦のモデルを「タイタン」の海のモデルとなる液体に沈め、海モデルの温度と圧力を変化させ、水深ごとにロボット潜水艦のモデルから発生する熱が化学構造に与える影響を調べます。
ただ、このテストでは、熱によって潜水艦モデルの周囲に発生した窒素ガスの泡で、搭載カメラの映像観察が困難になったり、潜水艦モデルの浮力システムや推進システムの機能が妨害されたりしたそうです。
また、「タイタン」の「クラーケン海」はエタンが、「リゲイア海」はメタンが豊富というように、海によって化学組成が異なるため、海洋シミュレーターで「タイタン」の個々の海の化学組成を再現するそうです。
探査機打ち上げは2030年代
ロボット潜水艦のテストの結果、自身の熱によって生じた窒素ガスの泡への対応も可能になり、この計画が承認されると、探査機の打ち上げは2030年代半ばに、土星系への到着は2030年代後半か2030年代初頭になるでしょう。
その時期であれば地球の春に相当することから「タイタン」には太陽が当たり、太陽との距離も若干近付いているため暖かくなっているはずです。
ロボット探査機2種も設計中
NASAのグレン研究センターでは、2種のロボット探査機を設計中で、1つは細長いロボット潜水艦で長さ6メートル、水面に浮上して地球に直接データを送信することが可能です。
もう1つは「タイタン・タートル」という名で、亀の甲羅のような丸みを帯びた形状をした自律型ロボットで、軌道上の母船経由で地球と通信が可能です。
単独行動が可能な潜水艦型の探査機はコスト面でメリットがありますが「タートル」と母船の組み合わせはリスクを抑えられるメリットがあり、通信に使用できる帯域幅も多く取ることが可能です。
「タイタン」には、生命体が存在する可能性があるにも関わらず、実際には太陽からの距離が遠いため衛星全体の温度が低く、衛星表面では水が氷という個体でしか存在することができないなど、生命に対する大きな障害があります。これらの障害のために、生命体が存在する可能性のある生息地として「タイタン」をみなしていない科学者がいることも確かです。ただ、生命自体は存在していないかも知れませんが「タイタン」が有する有機化合物などの原始的な条件は、間違いなく地球上の生物の初期の歴史を理解する上で、大変興味深いものなのです。
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