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ナチス・ドイツがUFOを開発 ~CIA文書で判明した事実~

ナチス・ドイツがUFOを開発 ~CIA文書で判明した事実~ UFO 異星人
ナチス・ドイツがUFOを開発 ~CIA文書で判明した事実~

 

皆さんは「UFO」という言葉の正確な意味をご存じですか?

そもそも「UFO」とは、日本語で「未確認飛行物体」という意味の言葉ですから、多くの人がイメージしている地球以外の文明を持つ惑星から飛来してきた「乗り物」を意味する言葉ではありません。

「未確認飛行物体」という言葉通り、一般的にはその正体が確認できていない「飛行物体」であるため、人間の技術によって地球で作られた可能性もあるのです。

今回、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが戦況を有利に進めるために追求していた「UFO」に関する技術開発について紹介しましょう。

 

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ナチス・ドイツが「空飛ぶ円盤」と「光の玉」を開発 

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツは戦車やロケットなどの最先端の兵器の開発に取り組んでいたことは周知の事実ですが、戦争に関連する機密解除後のCIA文書によると、

ナチス・ドイツの技術者たちが、連合国の戦闘機の追跡で注目を集めた「空飛ぶ円盤」や「光の玉」と呼ばれた、奇妙な航空機の開発にも取り組んでいた記録があるそうです。

ナチス・ドイツの「UFO」の話の真贋

第二次世界大戦中にナチス・ドイツが開発した最新鋭の航空機か宇宙船が「UFO」だと考えられていて、ドイツでは「ハウネブ」や「ハウネブルク・ゲラテ」、あるいは「ライヒスフルグシャイベ」などと呼ばれています。

こうしたオーバーテクノロジーや超高度な飛行物体に関する話は、超自然的もしくは超常的と言える目的のためにナチス・ドイツが復活するといったイデオロギーが関連した、いくつもの陰謀説の中に登場していて、それらの多くの著者が「ナチス・ドイツ」「世界中における探検」「UFO」といったものに歴史的な関係があるように書いています。

中には、1938年にドイツの探検隊が派遣され、基地まで作ったと噂されている南極のノイシュヴァーベンラントに、第二次世界大戦終結後、ナチス・ドイツの幹部たちが逃げてきて「UFO」の秘密基地を作り、今もそこには残党が潜んでいると主張する者もいるのです。

確かに、ナチス・ドイツは発明家ヴィクトル・シャウベルガー氏が開発した高度な推進技術を調査していたこともあり、第二次世界大戦中に目撃された「UFO」について、連合軍はナチス・ドイツの秘密兵器と考えていましたが、その話のすべてが具体的な証拠に欠けた、大仰な陰謀論にしか聞こえないのも、また事実です。

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ナチス・ドイツと「UFO」の関連を認めた科学者 

一方で、幸いなことにナチス・ドイツと「UFO」の関連を認めた数人の科学者に関する記述も存在しています。

ナチス・ドイツと「UFO」の関連に最初に言及したのは、イタリアのタービンの研究者ジュセッペ・ベルッツォ氏で、1950年3月の日刊紙「イル・ジョルナーレ・ディターリア」に「1942年にイタリアとドイツで「空飛ぶ円盤」を設計、研究」という記事が掲載されました。

ベルッツォ氏は「大国が研究のために、円盤を飛ばしている」との意見も述べています。ベルッツォ氏の発言の直後には、ドイツの科学者ルドルフ・シュリーバー氏がナチス・ドイツの政権期に「空飛ぶ円盤」の開発に携わったことを認めています。

雑誌「デア・シュピーゲル」のインタビューに答えたもので、シュリーバー氏は、直径15メートルの回転タービンブレードで駆動する航空機を設計した、と主張しています。

1950年代には世界各国が「空飛ぶ円盤」に関心 

1950年代には、世界の国々が「空飛ぶ円盤」としか表現しようのないものに強い関心を示していて、自国での開発に熱心に取り組んでいる国もあったようです。

実際、1953年にアブロ・カナダ社が「VZ-9-AVアブロカー」という円盤型のジェット機を開発し、時速2,400キロで飛行可能なことを発表しました。

その後すぐに、ドイツ人の技師ゲオルグ・クレイン氏が、その設計はナチス・ドイツ期に行われていたことを主張し、円盤のタイプについて次のように説明しています。

・ブレスラウで、V-2ロケットの技師リヒャルト・ミーテ氏が非回転円盤型を開発しました。機体は当時のソ連に接収されましたが、ミーテ氏はフランスを経由してアメリカに亡命し、アブロ社で働くことになったのです。 

・プラハで、ルドルフ・シュリーバー氏とクラウス・ハーベルモール氏が、固定した操縦席の周囲を動くリング状タービンブレードで構成された円盤を開発しました。 

さらにクレイン氏は、1945年2月14日に初めて有人飛行を目撃し、3分で高度12,400メートルに到達、水平飛行では時速2,200キロを達成したそうです。

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CIA文書で判明したドイツの「UFO計画」 

機密解除後のCIA文書に書かれていたゲオルグ・クレイン氏の発言によると「空飛ぶ円盤」の開発は第二次世界大戦後ではなく、1941年にはドイツの飛行機工場で計画段階にあったそうです。

初の有人飛行では3分で高度12,400メートル、時速2,200キロに達したと先述しましたが、これに関してクレイン氏は、ドイツの計画では時速4,000キロに達する、と強調しています。

そして、入手困難だった「円盤」の素材についても、1945年の終わりにはドイツ人技師が解決し、「円盤」建造の計画が進められたそうです。

ちなみに「空飛ぶ円盤」について語る上で「宇宙飛行学の父」「ロケット工学の父」と呼ばれるヘルマン・オーベルト氏の話を紹介しないわけにはいきません

オーベルト氏の理論によれば、「空飛ぶ円盤」は別の太陽系からやってきた宇宙船であり、恐らく何世紀にもわたって地球を調査してきたであろう知的な観察者が乗っていると推測されるそうです。

UFOによる「ニューヨーク・ロンドン襲撃計画」 

ヒトラーが率いるナチス・ドイツ軍は、極秘裏に「UFO」の製造に成功し、第二次大戦の終わりまでに保有していた「ハウネブ型」円盤2機を使い、ニューヨークとロンドンを襲撃する計画があったと言われています。

当時のドイツの科学技術力は凄まじく、凄腕の科学者たちが特殊な兵器を開発していたそうですが、そうした中でも「UFOプロジェクト」は、「シュリーファー・ハーバーモール計画」と呼ばれ、1941年から1943年にかけてプラハを拠点として、ルドルフ・シュリーファー氏、オットー・ハーバーモール氏らの技術者が研究開発を進めていました。

そして驚くことに、この計画で開発された大きさ5.5メートルほどの「UFO」は、長距離飛行に成功し、ニューヨーク上空で目撃されたそうです。

当時のニューヨークタイムス誌に掲載された、ニューヨーク高層ビルの上空に出現した未確認飛行物体の写真は、アメリカを驚愕に陥れたそうです。

開発された「UFO」に関する情報は、ナチス・ドイツ崩壊と共に全て消滅したそうですが、カナダのUFO研究家によって再現され、実際に飛行可能であることが検証によって明らかになったそうです。

プロジェクトに参加していた技術者のジョセフ・アンドレアス・エップ氏によると、最終的に15機の試作機を作り出し、中央の操縦席には回転式の調節可能な羽がついていたそうです。

 

いかがでしたか?
第二次世界大戦終了後、桁違いの能力を持ったドイツの技術者たちは、アメリカの宇宙プログラムに参加して、これまで培った技術をさらなる宇宙開発に役立てたそうです。かつて本当に宇宙人との接触があったかどうかはわかりませんが「空飛ぶ円盤」への情熱は並々ならぬものであったということは事実のようです。 

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