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世界で起きたUFO墜落事件 ~公式記録に残らない事件簿~

世界で起きたUFO墜落事件 ~公式記録に残らない事件簿~ UFO 異星人
世界で起きたUFO墜落事件 ~公式記録に残らない事件簿~

 

多くの人が「UFO墜落事件」と聞いて最初に思い出すのは「ロズウェル事件」ではないでしょうか。

もう少しUFOに興味がある人であれば、ベンシルバニア州で起きた「ケックスバーグ事件」やドイツで起きた「シュバルツバルト」いわゆる「黒い森事件」が思い浮ぶかもしれません。

しかし、こうした有名な事件がある一方で、公式記録に残らないUFO墜落事件は意外と多く存在します。今回は、世間にあまり知られていないUFO墜落事件を取り上げます。

 

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ロシア・ダルネゴルスクの「Height611墜落事件」

これは、1986年1月29日、ロシア極東部のダルネゴルスクという町の上空に球形をした赤色の飛行体が出現し、飛行の途中で失速、「Height611」と呼ばれるイズヴェストコヴァヤ山に墜落した事件です。

翌日、墜落現場に向かった地元の住人は、飛行体の残骸を発見できませんでしたが、奇妙な金属片を発見し、異常現象極東委員会のヴァレリー・デュジルニ調査官に渡しました。

その後、専門家による墜落現場の徹底的な調査によって、2ミリから5ミリくらいの水滴のような小さい金属片を発見、分析によって、この金属片が水晶結晶板に覆われていること、金属繊維と金糸から成る複雑な内部構造であることを解明、素材はもちろん構造もデザインも、明らかに高度な知能を持つ者が手掛けたものだと言えそうです。

また、墜落現場で発見された切り株の燃え殻は、片側だけが溶けていたことから、木が燃えてできた炭が3000度以上の熱で溶けたと推測されました。

デュジルニ調査官は、この切り株を溶かした激しい熱は、爆発の炎によるものではなく、修理された飛行体が飛ぶ時のものだ、という仮説を立てましたが、今なお、説明がついていません。

アルゼンチンの「サルタ墜落事件」

これは、1995年8月17日の昼過ぎ、アルゼンチンの山岳地帯サルタ州で発生した墜落事件です。

目撃者の一人である民間航空のパイロット、トニー・ガルパノは奇妙で眩い光を放つ銀色の飛行物体が空に現れた時、すぐに自分の飛行機で追跡しましたが、この飛行物体が突如として墜落し、爆発と炎上によって立ち込めた黒い煙に視界を阻まれたため、やむなく引き返しました。

墜落事件から2日後に再び調査飛行に飛び立ったガルパノは、現場で地表の木々や藪がズタズタになり、墜落した飛行体が横滑りした後に止まっている壮絶な状況を目の当たりにしました。

そして数週間後、ボランティアたちと一緒に再び現場を訪れたガルパノは、重厚なSUVで現場に乗りつけた、武装した黒スーツ姿の男たちから、この事故の調査を引き継いだので帰るよう命令されたのです。

抗議するガルパノに、黒スーツ姿の男の一人が「墜落したものは最高機密事項だから、この事故のことは忘れろ」と言ったそうです。

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ギリシャの「メガス・プラタノス墜落事件」

これは、1990年9月2日早朝、ギリシャのメガス・プラタノスで発生した墜落事件です。

午前3時過ぎ、羊飼いであるトラントス・カラトランジョスは、村に6つの光る物体が近づいてきたと言います。

その内の一つがとても不安定な動きをしたかと思うと、羊飼いから500メートル程度 離れた場所に墜落、炎上しましたが、残りの5つの物体はこの事故を俯瞰するように、頭上でホバリングをしていたそうです。

やがて、その内の2つの物体が墜落した物体に近づき、上下運動を繰り返していました。夜が明けて、多くの人が墜落現場に集まりましたが、墜落した物体の残骸などは発見できず、代わりに焼け焦げた跡が確認できただけという、驚くべき状況でした。

ワイヤや金属片が多少は見つかったものの、ほとんどの残骸を住民が「記念」に持ち帰ったため、壊れた飛行体の残骸が無くなってしまったのです。

後のギリシャ軍は公式に、墜落した飛行物体はソ連の衛星だと発表しました。

アメリカの「ラスベガス墜落事件」

これは、1962年4月18日、米軍がレーダーで追跡していた飛行物体が、ニューヨーク上空からカンザス州を通り、コロラド州、そしてアリゾナ州を横断して、最後はネバダ州ラスベガスで墜落した事件です。

この時、アリゾナ州のフェニックス郊外にあるルーク空軍基地からは戦闘機がスクランブル発進しています。

報告では、最初にユタ州のユリーカという町に現れたこの飛行物体は、一時的な停電を発生させた後にラスベガスに接近、レーダーのスクリーンから消えたそうです。

ちなみに、飛行物体が墜落したとされる時間には「赤い奇妙な光を見た」「爆発したような轟音が突然聞こえた」という電話が、警察や航空機関に殺到したと言います。

しかし軍は、これらは隕石以外のものではないという公式見解を発表し、飛行物体を追跡したという事実そのものを徹底的に隠蔽しました。

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南アフリカの「レソト王国の墜落事件」

これは、1995年9月19日にアフリカ南部の独立国家レソト王国で発生した墜落事件です。事件当日の午後9時15分頃、農業を営むピーター・ラチャサは、頭上で突然 奇妙な音を聞きました。

そして家畜が音に怯えて騒ぎ出した直後、とてつもない爆発音がしたため、ラチャサが外に出ると、先に出ていた近所の住人が、飛行物体が地面に墜落し爆発した瞬間を目撃し、目も眩むような閃光が走ったと言ったそうです。

墜落した物体は近寄れないほど熱かったのですが、中にまだ乗組員が取り残されていると思ったラチャサは警察に通報、再び現場に戻ると、熱や炎は相当激しかったはずなのに、物体自体に大きな損傷は見られなかったと言います。

飛行物体が私有地に墜落したため、警察が対処しかねていると、真夜中過ぎに到着した南アフリカ軍が国防省に代わり、この物体を回収すると言い出し、現場から軍関係者以外を締め出すと、一晩で墜落した物体はもちろん、その存在を示す物を全て持ち去りました。

果たしてそれらが、どこに持ち去られたのかは不明です。

アメリカの「ネブラスカの墜落」

これは、1884年6月6日、アメリカ・ネブラスカ州ダンディ郡で起きた墜落事件です。

日差しが残る夕刻、ジョン・W・エリスたちが家畜を集めていた時に目撃した、眩く光りながら空を横切る物体は、次第に耳をつんざくような轟音を立て、やがて地面に墜落、爆発しました。

エリスたちは墜落したUFOを調べるために慎重に近づいたのですが、一人が近づきすぎて、ひどい火傷を負ったそうです。

報告書には、墜落した物は真鍮のような金属でできた飛行体であることは確実だと書かれていましたが、外側の硬さは当時知られていた金属と同じレベルである一方、驚くほどの軽さだったということです。

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ロシアの「プロフラドニ事件」

これは、1989年8月10日の午前11時頃、ロシアの戦闘機ミグ25がスクランブル発進し、カフカス山脈の近くにあるプロフラドニという町の上空でUFOに接近、ミサイルを発射してUFOを撃墜した事件です。

山脈付近一帯をヘリが捜索し、ニージュニー・チェゲム近くで撃墜したUFOを発見、回収チームを派遣すると同時に、軍の厳重な管理下に置かれました。

回収されたUFOは、直ちにモズドク空軍基地へと移送され、KGBと調査チームが協力してUFOを管理し、地球外生命体のテクノロジーの分析を試みたといいます。

このUFOから3体の地球外生命体が発見され、2体はすでに死亡、1体はしばらく生きていましたがまもなく死亡したそうです。

この3体の遺体は「ソ連版エリア51」と揶揄されている最高機密保管場所・カプースチン・ヤールに保管されていると言われています。

 

いかがでしたか?
世界中を見てみると、まだ公式に発表されていない「UFO墜落事件」は数多くありそうです。どの国でも、最高機密として厳重に管理・保管されているUFOの情報が、我々地球人にとって有効に活用されることを願っています。
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