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解明不可能! 歴史に名を残したミステリアスな人物

解明不可能! 歴史に名を残したミステリアスな人物人体
解明不可能! 歴史に名を残したミステリアスな人物

 

世界には私たち「ヒト」という生物そのものにまつわる謎が数多く存在します。

謎の現象を起こす人や不可思議な行動を取った人など、歴史上では度々「謎の人物」が現れています。

今回のLALALAミステリーは「謎多き人物」にまつわる未解明の謎をご紹介しましょう。

 

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ヴォルフガング・パウリ

オーストリア生まれのスイスの物理学者「ヴォルフガング・パウリ」は、「スピンの理論」や現代科学の基礎となっている「パウリの排他律」の発見などの業績を残した偉大な人物です。

アインシュタインの推薦により、1945年に「1925年に行われた排他律、またはパウリの原理と呼ばれる新たな自然法則の発見に通じた重要な貢献」に対して、ノーベル物理学賞を受賞しました。

そんな超一流の物理学者であった彼ですが、実験が下手で実験装置をよく壊してしまうという欠点がありました。

これだけ聞くと、単に不器用なだけではないかと思われるかもしれませんが、彼は機械に近づくだけで壊してしまうという怪奇現象を何度も引き起こしているのです。

この現象は生前から「パウリ効果」という名称がつけられていて、パウリ自身もこの評判を知っており、パウリ効果が現れるたびに喜びました。

中にはパウリをからかうために、「パウリが入ると部屋のシャンデリアが落下する装置」を仕掛けた人物もいましたが、パウリが部屋に入った瞬間に装置自体が壊れて、シャンデリアが落下しなかったという現象まで起きています。

 

ヤヒヤームハマンド・ハミードゥッディーン

イエメン・ムタワッキリテ王国(通称イエメン王国)の初代君主「ヤヒヤー・ムハマンド・ハミードゥッディーン」は自身の写真を撮られることをひどく嫌いました。

彼は幼少期に占い師から「もしも写真を撮られたら、不慮の死を遂げる」という予言を受け、その占いを信じたからです。

彼は国王になってからも自身の写真を撮らせるどころか、国民の前に姿を現す事もせず、当時のイエメン国民は王の顔を知らないという状況でした。

しかし、王に謁見を許されたとあるイタリア人画家が、謁見後にヤヒヤア王の肖像画を描いてしまいます。
肖像画はその後、アメリカのアラブ民族主義者であったアミーン・リハニの元に渡り、アミーンはより精巧な肖像画を作成したのです。

そして当時アメリカで絶大な人気を誇ったコラム「リプレーの世界奇談集」の作者ロバート・リプレーが、「イエメンの国王は写真に撮られると死ぬという占いを信じており、国民は誰も国王の顔を知らない」という内容の記事と共に、肖像画を新聞に掲載してしまいました。

ヤヒヤア王の肖像画が公開されたのは1948年2月のことでしたが、それと同月にイエメン王国でクーデターが勃発し、ヤヒヤア王は暗殺されてしまいます。

占いとは少し経緯が異なりますが、結果的にヤヒヤア王は自分の顔が世間に公表されてすぐに亡くなってしまいました。

 

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エドワード・エルガー

『エニグマ変奏曲』や『威風堂々』といった世界的代表作を持つ、初代準男爵サー・エドワード・ウィリアム・エルガーはイギリスの作曲家・指揮者です。

音楽業界での評価は論じるまでもないエルガーですが、彼の名が轟く分野がもう一つあります。

それは「暗号」で、彼が知人女性に送った「ドラベッラの暗号」は、100年経った現在でも未だ解読出来ていません。

エルガーは妻アリスが夫婦共通の知人であるドーラ・ペニーという女性に手紙を送った際、その手紙に暗号を書いた紙片を忍ばせました。

「ドラベッラ」とは、受取人であるドーラの愛称で、それにちなんでこの名があります。

ドラベッラの暗号は、手紙が送られた1897年から40年後に、ドーラが自身の回想録で暗号の写真を載せたことで世間に公表されることとなりました。

ドーラは、結局暗号を解くことができなかったとも言われていて、多くの暗号研究家がエルガーの残した暗号を解読しようとしましたが、21世紀にいたっても有力な解読法は得られていません。

エルガーは生前から暗号に興味を持っていたとされていて、世界的作曲家である彼ですが、暗号分野においても成功を収めていたのです。

 

リーズのジョアン

中世ヨーロッパではカトリックが急速に広まり、様々な場所に教会や修道院が建てられました。

中世はカトリックを信仰する女性のほとんどが修道院に入る時代でした。

これは女性の立場がまだ弱く、修道女として一定の生活が担保される方が、比較的安定した生活が送れることが多かったという時代背景があります。

しかし、全ての女性が納得して修道院に入っていたわけではなく、また神に仕えた人たちの全てが高潔で模範的だったとは限りません。

中には脱走を試みた修道女も存在しました。

イングランド北部の町ヨークは国の貿易拠点として国王から最初に特権を与えられた商業都市であり、首都ロンドンに次ぐ第二の都市として繁栄していました。

そんなリーズ地方の修道院に入っていた一人の修道女ジョアンは、自らの“肉欲”の為に清貧や貞潔、従順の誓いを放棄し今の生活から逃れようと、大規模な偽装工作によって修道院を脱走した「罪深き修道女」としてその名が残されています。

彼女は外部の協力者と手を組み自分に似た人物の遺体を入手し、同時期に流行したペストに罹ったふりをしつつ用意した遺体と入れ替わって修道院を脱走しました。

当時のヨークで大司教の地位に就いていたウイリアム・メルトンは当然ながらこの脱走事件に激怒し、ジョアンに関する記録を残していますが、そこにはジョアンが信心深さと宗教の妥当性、そして彼女の持つ性の謙虚さを捨て去ったと記しています。

ジョアンが脱走した理由や脱走後の行方などについては不明な点も多いですが、脱走理由についてはおそらく修道院での清貧な暮らしを嫌ったのではないかと考えられています。

結局 その後発見され、修道院に戻るよう大司教に命令されたと記録簿には記されていたようです。

 

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血の涙を流す女性

普通の涙では表現しきれない、度を越した悲しみ、憤りを表す言葉に「血の涙」というたとえがありますが、本当に血の涙が出ることはまずありません。

しかし血の涙という現象自体は別の構造によって起きることがあり、いくつかの症例が報告されています。

血の涙が流れる病気は、基本的に眼の病気や怪我によるものがほとんどであり、その成分も血液と涙が混じった混合物です。

しかし、2021年にこれまで幾つか報告されていた症例とは全く異なるメカニズムで、本当に血の涙を流す人物が発見されました。

その人物はインドに住む25歳の女性であり、目や鼻といった顔の部位に異常は無く、頭痛などの健康異常も見られませんでした。

しかも彼女が流す血の涙の成分は純粋な血液に近く、これまで報告されていた血の涙とは大きく異なる症例であることが分かりました。

彼女の患った病気は「代償月経」であると見られています。

代償月経とは、子宮以外の部位から出血する病気であり、珍しい症状ではあるものの症例の報告自体はいくつか存在します。

しかし代償月経によって出血した部位が「眼」であったことは極めて珍しく、前例も存在していないことから、大きく注目されました。

現在はホルモン療法によって月経異常を解消し、女性が血の涙を流すことは無くなりましたが、そのメカニズムは解明しきれておらず、彼女の身に何が起こったのか研究が進められています。

 

いかがでしたか?
謎の現象や行動を見せた人物を紹介しましたが、そもそも「ヒト」という生物自体が未だ多くの謎に包まれた存在です。多くの人間は謎に惹かれますが、実は我々自身、個々が謎であることを自覚してみることも大切なことと言えるのではないでしょうか。

 

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