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すべての文明の起源は日本? ~インカ帝国に残された謎の暗号~

すべての文明の起源は日本? ~インカ帝国に残された謎の暗号~雑学
すべての文明の起源は日本? ~インカ帝国に残された謎の暗号~

 

インカ帝国とは、南アメリカのペルー・ボリビア・エクアドルを中心にケチュア族が築いた帝国であり、文字を持たない社会・文明だったことが知られています。

インカ帝国には高度な天文学的知識や建築技術があったとされていますが、実際にインカ帝国の遺物を見ると、それがただの噂ではないことがよくわかります。

この謎多き文明に、日本とのつながりがあったのではないかと考えられる発見がありました。

今回のLALALAミステリーは、遥か南米の古代文明が、どのように日本と関係しているのか、解説していきます。

 

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南米都市 クスコに遺された謎

ペルーの首都であるクスコの町並みは、スペイン侵略の際、もとからあった巨石遺跡の土台の上に建てられた街であることが知られています。

インカ帝国の首都で、文明の中心でもあったクスコの町並みには、古代インカ人の高度な技術が遺されています。

それらは現代の技術をもってしても再現することが困難 もしくは不可能であるため、オーパーツとして扱われることもあります。

その代表的なものが、町並みに同化している石組みです。

非常に精巧に組まれており、2007年にペルーを襲ったマグニチュードモーメント8.0の巨大地震の際にも、土台は崩れることなく傷一つつかなかったことで人々を驚かせました。

石と石に 互いに凹凸をつけ、カミソリも通らないほどの精密さで密着させているため、これほどの耐震性が保たれているのです。

小さな石ならまだしも、100トン以上もある巨大な石にこのような加工を施すことは、現代の技術でも難しいといわれています。

しかも 数個ではなくたくさんの石を加工するためには、確立した技術がなければ不可能です。

しかし実際にそれを成し遂げた石組みが存在しているわけですので、常識的に考えれば、当時の人々が確かにそのような技術を有していたのだとしか言い様がありません。

このような不可思議な現象は、クスコだけではなく、世界中に存在する巨石文化においても同様のことがいえます。

石切場からどうやって巨石を運搬してきたのか、どのように加工し、どのように積み上げたのか、そのための知識はどこから得たのか……といった疑問は、どれも未だ解明されていません。

このようなことを考えれば、巨石遺跡の構造に 宇宙人が関与しているのではないかという話や、バールベック遺跡は巨人が建てたのではないかという仮説が生まれるのも、当然のことといえます。

また、クスコの石組みでは、もう一つ、他の遺跡には見られない驚異的な特徴があります。

通常、このような石組みでは糊材として セメントや石灰を使って石を接着します。

この糊材がパッキンのような役割を果たすため、水も通さないようなつくりになるのです。

しかし、クスコのものは糊材を使用している訳ではないにも関わらず、石同士が完全に隙間なく密着しています。

例えばエジプトのピラミッドの場合、長方形に切り出した石材が使用されており、隣の石材とくっつけようとしても実際には隙間ができてしまいます。

しかしクスコの石組みは、硬い石材が多角形に加工され、それらが隣の石とぴったりくっついているのです。

石同士は長年積み重なった状態になっているため、上下の隙間は石の重みによって密着したのだと考えることもできますが、クスコの場合は上下だけではなく、多角的な面がすべて寸分違わずぴったりと接しているのです。

 

「アンデスの黄金板」の謎

そんな古代の高度技術が残されているクスコでは、その他にも驚くべきものが発見されています。

それは地下に張り巡らされたトンネル網で、なんと約1500キロメートルも離れたエクアドルまで続いているというのです。

エクアドル側にも人工的に作られた地下トンネルが確認されており、さらにそこでは謎の解読不可能な文字が刻まれた黄金板が発見されています。

エクアドル側の地下遺跡は、1965年にファン・モーリスによって発見されました。

彼の調査によると、トンネル内部には高さ100メートルもある巨大な広場があり、そこでインカ文明のものとはまったく別の種類の彫像や、解読不能な文字の入った金属板が発見されたというのです。

これは「アンデスの黄金板」として知られており、長さ54センチメートル、幅14センチメートル、厚さ4センチメートルの黄金板に、56個の文字が書かれたものです。

しかし、インカ文明では文字は使用されていなかったとされているため、この黄金板は誰が使用したものなのか、そして何が書かれているのかは不明のままでした。

この黄金板が、実は古代の日本と関係している可能性があるということがわかりました。

南米は日本から見て地球の裏側に位置しており、その間には広大な太平洋が広がっているため、インカ帝国が繁栄した時代に日本と南米に交流があったとは考えづらいことです。

しかし、黄金板にはその関連性を示す痕跡があるというのです。

 

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黄金板には日本の文字が使われていた?

アンデスの黄金板は、1972年に スイスの考古学者デニケン氏によって紹介されましたが、その際には宇宙人の文字であるとして紹介されたほど、解読が困難なものでした。

しかし、なんと島根県の出雲石窟で発見された神代文字で、それを読むことができたというのです。

神代文字とは、漢字伝来以前に 日本で使用されていたとされる 文字または文字様のものの総称ですが、その真贋については

江戸時代から議論されており、現在では偽作との主張が一般的です。

しかし一方では、神代文字は神が人類に与えた文字の一種であり、ヒエログリフと肩を並べる神聖な文字だという主張もあります。

出雲文字には日本語の50音を表す50種の文字、1から10までの数字を表す文字、百千万の位を表す文字があったといいます。

それは神が支配した時代に 出雲大社の祭神として知られる大国主神によって作られたものとされ、出雲大社の近くにある経島という島の石窟の岸壁に刻まれていたといいます。

それをもとにアンデスの黄金板に書かれていた文字を解読した結果、次のような内容が書かれていました。

「これなる金の板に、イサクとヨゼフを記す。
ここに我がクルの宝を集めしめ、後の世に伝えて礎たらしむヤハウェを我らのカムイと崇めよ。」

イサクやキリストの養父ヨゼフは 聖書の登場人物であり、ヤハウェは唯一の神、カムイとはアイヌ語で神を表す語、そしてクルとは古代インドの一族のことだといいます。

これらのことが日本の神代文字で一枚の黄金板に刻まれ、それが南米の地で発見されたのです。

これにはいったいどういう意味があるのでしょうか?

 

米の古代文明は日本由来?

スイスのデニケン氏は、マヤやインカ文明も日本の海洋民族が海を渡り 作ったのではないかと指摘しています。

さすがに学術的に荒唐無稽な説だと思われるかもしれませんが、実はエクアドルと日本との間に何かしらのつながりがあったのかもしれないと思わせる根拠は他にもあります。

九州地方で発見された縄文土器の一部が、エクアドルのバルディビア土器と酷似しているのです。

そもそもバルディビア土器とは、米国 スミソニアン協会のクリフォード・ヘガンス博士らにより、縄文土器とそっくりの文様をもつ土器様式として発表されているものです。

バルディビア土器の文明が突然始まっていることからも、縄文人が太平洋を渡ってきたという可能性が考えられています。

もしもこれが真実だとすれば、古代の縄文人たちが海を渡って南米大陸まで航海し、エクアドルに移住したという可能性があります。

しかし、海の向こうに大陸があるとも知らないはずの当時の縄文人が、遥か彼方の南米まで本当にたどり着くなどということは 果たして可能なのでしょうか?

ここで注目したいのが、太平洋に存在したとされる伝説の大陸である「ムー大陸」です。

ムー大陸から南米を目指すということであれば、日本から南米に渡るよりは容易であると考えられます。

その場合、今度はムー大陸と縄文人との関係を明確にしなければならず、謎はさらに深まることにもなりますが、ムー大陸の名残ともいわれるイースター島のモアイの背中にアイヌ語で「ワレ、カムイナリ」 と刻まれていることなど、日本とのつながりが解明されるヒントはゼロではありません。

 

いかがでしたか?
もしも超古代に世界各地に築き上げられた文明が日本を発端とするものだったとすれば、歴史における日本の立ち位置というものを大きく見直す必要がありそうです。
私たち日本人には、文明の創造者として世界の動きを見つめる義務があるのかもしれません。

 

参考 : listverse, wikipedia, など

 

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